ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3088)

 「カネのために働く」という建前

 実生活でこんな趣旨の話をする機会があった。

「雇用を維持するためには『無駄な仕事』が必要。本当は、2割くらいの人が働けば、人類は食べていける気がする。僕たちが必死で働くのは、『食うため』ではなくて、『他人に勝つため』だ。」

 ビジネスの世界で何年か働き、気付いたことがある。多くのホワイトカラーにとって「お金のために働く」というのは、実は"建前"だということだ。

 もっとも、ビジネスパーソンが「カネのため」だと言えば、大方、それが本音だと見做される。それが暗黙の了解だ。

 場末の酒場で「採用面接では『社長の理念に共感して…』とか言いましたけど、働くのは所詮『カネのためですよ』」とでも言えば、普通、それが「建前」であることは見抜けない。

 しかし、本当の本音はもう一段、深いところにある。

 例えば、同期入社の社員が高い成果を出して月給が自分より\5,000高くなったとする。内心、あなたは動揺する。

 そんな時、あなたが純粋に「カネのため」に働いているなら、その同期社員に「じゃあ、毎月\5,000あげるよ」と言われたら、あなたは喜んで毎月\5,000を受け取って、この問題は解決するはずだ。

 しかし、現実にそんなことを言われたら、あなたはその同期社員を「いい気になりやがって」と逆恨みすることになると思う。なぜなら、本当は「カネのため」に働いているわけではないからだ。

 本当は、仕事を通して、承認されて、高い評価を得て、他人に勝つために働いている。でもこれは人間の「存在証明」にも直結したドロドロした部分だから、普通はドライに「おカネのため」とお茶を濁すのだ。

 ひとまず「カネのため」と言っておけば、生々しい闘争心や政治的な駆け引き、承認欲求や自己顕示欲などを表面的には覆い隠すことができる。

 つまり、ビジネスシーンにおいて、「カネのため」という言葉は、「本音のフリをした潤滑油」として機能しているのだ。

 補足すると、ビジネスパーソンが年収にこだわる理由も大抵、「生活費のため」ではない。年収は当人(の仕事)の市場価値と社会的ステータスを端的に示す指標なので、現実のキャッシュの有無より、「年収1000万円」といった記号で他人と競い合うことの方が大事なのだ。

 体感的に言うと、仕事をする上での駆動力は個人のパーソナリティと不可分だ。

 それは、周囲からバカにされた劣等感だったり、「あいつに報復したい」という怨恨だったり、「もっと尊敬されたい」という虚栄心だったり、「異性にモテたい」という願望だったりする。

 私見では、「カネがすべて」とか「カネのため」と公言する人は、大抵、深い劣等感を持っていて、それが仕事の駆動力になっている。

 彼らがカネを追い求める根本的な理由は、おそらく「自分をバカにした奴らを見返してやるため」だ(僕自身にも、こういう感情があることは正直に認めたい)。

 自分自身の経験を振り返ると、純粋に「カネのため」に働いたのは、日雇い労働と掃除屋のアルバイトだけだったような気がする。いや、この2つですら、「経験のため」「書くためのネタにする」という動機が大きかったから、純粋に「カネのため」とは言えない。

 もちろん、その日の食事にこと欠くような生活水準であれば、純粋に「カネのために働く」ことが必要と思うが、そういう人は少数派だ。

 僕たちは「カネのために働く」という建前の下、仕事に「生きがい」や「存在証明」「他人に勝つこと」といった非常にセンシティブなものを求めている。そして、その傷つきやすい部分には敢えて触れないのが、一種の"紳士協定"なのだ。

 山田宏哉記

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 2011.12.25 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ