ジョン・スミスへの手紙
 サイバー・ラボ・ノート (3098)

 成人式に乱入してきた"落ちぶれた同級生"

 僕が20歳になったのは、大学一年のときだった。当時の僕は、大学図書館の本を片っ端から読む一方で、自分のウェブサイトを立ち上げ、鼻息が荒くなっていた。大学で勉強できることが嬉しくて仕方なかったし、未来がとても輝いて見えていた。

 成人式に行ったのは、そんな時期だった。地元の埼玉で、小学校の体育館を貸し切って行われた。僕はこの種のセレモニーがあまり好きではなかったが、何度も経験できることではないので、参加することにした。

 式典自体は、予想通り大したものではなかった。新成人の代表が「青春とは心の若さです!」と挨拶していたのを覚えている。

 成人式では、中学時代の同級生たちと久しぶりに顔を合わせることになった。中学卒業後、僕は進学校に通い、それなりに名前の知られた大学に通うことになった。中学時代の同級生たちの進路とは、随分違っていた。

 式典の最中、中学時代、不良として知られた同級生たちが奇抜な髪型と派手な袴姿で会場に乱入してきた。一瞬、会場がシーンとなった。彼らは仲間内の話題で声を張り上げ、注目を集めようとしていた。しかし、彼らの落ちぶれた姿は、正視に耐えなかった。

 中学時代、彼らは僕より「格上」だった。彼らの機嫌を損ねると、嫌がらせや暴力のターゲットになったため、僕もかなり気を使っていた。もっと率直に言うと、僕は彼らが怖かった。

 中学時代、僕は彼らに蹴飛ばされても、彼らを刺激したくなくてヘラヘラ笑っていた。

 中学卒業から5年が経ち、再び顔を合わせたとき、力関係はいつのまにか逆転していた。高校時代、僕は勉強と音楽に打ち込み、彼らはヤンキーの真似事を続けた。そして彼らは、傍目に見ても、20歳にして既に社会の底辺で生きることが確定的になっていた。

 なぜ、彼らは奇抜な風体で成人式の会場に乱入し、声を張り上げていたのか。それはたぶん、爆音でバイクを走らせるのにも似た、歪んだ承認欲求なのだろう。中学時代の同級生が、こんなことでしか注目を集められない連中に成り下がっている。それが哀れだった。

 かつての同級生が、見るも無残に落ちぶれたのは、本人の責任なのか、それとも環境が原因なのか。たぶん、その両方だ。中学時代、不良ごっこに現を抜かし、荒れた高校に進学し、更に転落を続けたのだろう。

 そして僕は内心「いい気味だ」と思った。

 その成人式からも更に10年が経った。それでも僕は今でも、落ちぶれた同級生に対して、どこかで劣等感を持っている。

 いくら彼らに対して、社会的、精神的に優位に立っても、かつての劣等感は打ち消すことができない。彼らに対しては、殴り合いの喧嘩で倒さなければ、男として本当に勝ったことにはならない。

 未だに悔いているのは、中学時代、不良の主犯格の男に喧嘩を挑まなかった点だ。喧嘩に負けて、不良集団から暴行を受けるようになるのが、怖かった。「闘うべき時に、闘えなかった」という負い目は、きっと消えないものなのだろう。

 成人式の季節が来るたび、僕は不意にそんなことを思い出す。

 山田宏哉記

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 2012.1.10 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ