ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3108)

 シンガーソングライターの時代

 高校時代、部室の一角で「誰かこの詩で作曲してください」というメッセージを見つけたことがあった。それは「翼を広げて 夢を諦めない 君は君のままでいい」みたいな詩で、傍目に見て、かなり恥ずかしいものだった。

 その作詞者が不幸だったのは、作曲のスキルとノウハウを持っていなかったことだ。だから、歌は「詞にメロディを付ける」ものだと勘違いした。実際には、歌は「メロディに詞を付ける」方が基本で、現実には「この詞で作曲せよ」とか言われても、困ってしまう。

 歌を構成する要素「歌唱、作詞、作曲、編曲、楽器演奏」を、参入障壁が高い順に並べると、おそらく楽器演奏、編曲、作曲、作詞、歌唱の順になる。だからこそ、アイドル歌手は「歌唱」に専念するし、ロックバンドはこれ見よがしに「楽器演奏」を見せつける。

 もっとも音楽シーンにおいて、印税収入を狙うのであれば「歌唱、作詞、作曲、編曲、楽器演奏」のうち、著作権の対象となる「作詞・作曲」の部分に注力するべきであるのは、言わずと知れた常識だ。

 「見栄えのいい女性アイドルに自分の作った歌を歌わせる」というビジネスモデルは、小室某の時代に急速に広まり、つんく某や秋元某に脈々と受け継がれてきた。一種の「女衒ビジネス」と言えるだろう。

 モーニング某やAK某のメンバーはどうやら従順なようで「(参入障壁が低い)作詞・作曲を自分でやれば、膨大な印税収入を手にできる」ことに気付いていない。尤も、ヤクザそのものの「中年男性プロデューサー」は、絶対にそれを許さないだろう。

 音楽をやるなら、シンガーソングライターのスタイルが最も望ましいと思う。具体例で言えば、僕はシンガーソングライターの矢井田瞳、YUI、Coccoは本物のアーティストだと思っている。

 ウェブの世界に置き換えると、ブロガーは「作詞するアイドル歌手」のようなもので、ウェブサイトの運営者は「シンガーソングライター」のようなものだ。

 ブロガーは、音楽にとっての「作曲、編曲、楽器演奏」である「ウェブページの実装」を他人任せにしている。

 才能があるのが前提だが、音楽のパフォーマンスを最大限に発揮するなら「歌唱、作詞、作曲、編曲、楽器演奏」を全て自分で手掛けるのが望ましい(楽器演奏はできなければアウトソーシング可)。それぞれが密接な関係にあり、有機的につなげる必要があるからだ。

 さすがにシンガーソングライターを「何でも屋」とバカにする人はいないだろう。僕は今はまだ、所詮は「何でも屋」だけれども、いつかはウェブの世界で「シンガーソングライター」になりたいと思っている。

山田宏哉記

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2012.1.28 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ