ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3109)

 楽器演奏者が不遇な理由

 音楽の世界で最も報われないのは、楽器演奏者だろう。

 管弦楽でクラシックの世界に行くとしても、軽音楽の世界でスタジオミュージシャンとしてやるにしても、そうだ。生来の音感の良さと壮絶な訓練が必須の割に、それで食えるのは、ほんのひとつまみだ。

 楽器演奏者が不遇な本質的な理由は「(楽譜や指揮者に)指示されたことしかできないから」であり、「他にいくらでも代わりがいるから」だろう。

 楽器演奏者では、著作権による印税収入が得られない。

 普通の人は、音楽においては、楽器演奏、編曲、作曲の順で難易度が高くなると考えるが、実際はこの逆だ。歌詞は「あぅあぅあぅ、俺はお前をI love you」に毛が生えた程度で充分なので、軽音楽で飯を食うことを狙うなら、作曲に資源を集中投下すべきだろう。

 ビジネスに置き換えて考えると、楽器演奏者は単純労働者、楽譜はマニュアル、指揮者は上司と見做すことができる。クラシックの生演奏には高級感が漂うが、その実、楽器演奏者はマニュアルレイバーなのだ。

 「言われたことを忠実にやる」ということに関しては、コンピュータの得意分野で、生身の人間に勝ち目はない。「言われたことを忠実にやる」ことを自分のアピールポイントにするのは、「負けが約束された戦い」なのだ。

 「専門性を追求することが大切」とは言うものの、ビジネスモデルを無視した専門性の追求は自殺行為に等しい。「楽器演奏のスペシャリスト」を目指すのがその典型で、これはすべてコンピュータに置き換えられる可能性まである。

 「ものづくりの時代の工場労働者」にとっては、言われたことを愚直にやる従順さが大切だった。尖ったパーソナリティは「克服すべき欠点」。学校では、個性を抑圧する画一的な教育が行われ、工場に実直な精神を持った労働力を提供した。それが機能した時代もあった。

 いつしか時代は反転し、グローバルな競争を勝ち抜くためには、逆に「尖ったパーソナリティ」が必須のものとなった。愚直さだけが売りの工場型人材は、コストの安い新興国の若者に代替されようとしている。

 ひとえに「盛者必衰の理」だろう。

 音楽は国境を越える。話す言葉も国籍も関係ない。いまや人間が演奏する必要すらない。自由の名のものに、ここでは壮絶な生存競争が展開されている。

 山田宏哉記

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2012.1.31 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ