ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3115)

 映画『タイム』覚書

 映画『タイム』を鑑賞した。僕が魅かれたのは、筋書きというよりむしろ、映画中の舞台設定と社会システムの方だ。

 人々は腕に「残り時間」が刻印され、それが刻一刻と減っていくことだ。そして、「残り時間」がゼロになる人は死ぬ。

 肝になる設定は、時間が通貨として機能していること。工場等で働けば、その工賃として、一定時間が支給される(「残り時間」が増える)。逆にバスに乗るなどのサービスを受けると、一定時間を支払う必要がある(「残り時間」が減る)。

 貧乏人は「残り時間」が殆どなく、スラム街のあるエリアで、常に生命を危険に晒して生きている。対照的に、富裕層は、富裕層向けの地区で、永遠に近い時間を生きられる。
スラム街の人たちは、残り時間が1日とか数時間とかで、互いに時間を分け与えながら生きている。

 要するに「時は金なり」の話なのだが、実社会の風刺でもある。

 お金を持つ人は金で時間を買い、お金のない貧乏人は時間を切り売りしてお金を稼ぐ。お金があれば高額の医療を受けられ、寿命を伸ばせるが、お金がないと生活費にも事欠き、心労で早死にする。

 現実問題として「人間の寿命もカネ次第」なのだが、これだと直接的過ぎてあまり面白くない。エンターテイメントとしては「時間を通貨にした世界(残り時間がゼロになると死ぬ世界)」をシミュレーションするくらいのバランス感覚が、たぶん丁度良いだろう。

 そして、システムを設計する側は、物価や税率を調整することで、「時間切れ」で一定数の死人が出るようにする。このようにして、人口は調整される。

 勘のいい人は気付くと思うが、これは現実にも適応可能で、非常に危ない話だ。

 普通、言ってはいけない類の話なのだが、フィクションの形を借りて言ってしまった。

 現実世界でも、例えば「タバコ会社は、年金の運用に貢献している」という公然の秘密がある。社会システムを設計して運用する側にとっては、「人口を調整したい」という願望が湧いても不思議ではない。

 この種の潜在欲求は、不意に「後期高齢者」のような言葉にあらわれたりする。

 社会システムを設計する側にとっては、国民の生命など、本音ではどうでも良かったりする。むしろ、医療や年金運用の観点からは、むしろ毎年一定数の人が死んでくれなければ困ったりする。

 更に言うと、この映画はもっと深い捉え方もできる。

 僕たちは、今夜寝て、明日の朝起きることができる保証はどこにもない。おそらく、主観的には「寝る」という行為は、「死ぬ」という行為と大差ないだろう。実際、普通に寝ただけのはずなのに、二度と起きることがない人もいる。

 その意味で、僕たちは毎朝、実は余命1日の人生を与えられているだけなのだ。

 余命1日未満のスラム街の住民たちは、常に時間に追い立てられ、わずかな時間をも大切にする。

 映画中に登場するスラム街の住民たちの姿。おそらく他人事のフィクションとして鑑賞する人が多いだろうが、あれは僕たち自身が置かれた立場そのものなのだ。

 山田宏哉記

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