ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3129)

 交通事故の本質と大手自動車メーカーの広告費

 日本では交通事故で年間5,000-10,000人が死んでいるが、これまであまり問題にされてこなかった。ところが何故か最近、交通事故関連の報道が増えているようだ。

 交通事故そのものが増えているわけではない点に留意されたい。メディアリテラシーの第一歩とは「交通事故の増減」と「交通事故報道の増減」を切り分けて考えることだ。

 最近の交通事故関連の報道の増加は、「自動車業界からの広告出稿費削減」が原因だと僕は考えている。

 少し調べてみると、日本の大手自動車メーカーの広告出稿費は、リーマンショック前は業界全体で約3500億円だったが、リーマンショック後の2010年には2000億円に急落していることがわかる(東京商工リサーチ調査)。

 とはいえ、自動車業界が広告出稿費を2000億〜3000億円出しているのは、あの東京電力の広告宣伝費が200〜300億円だったことを考えると、いかにその額が大きいかわかる。

 仮に僕が、大手自動車メーカーの広報担当者だったとしよう。

 そんなとき、出稿するマスメディアに対して、何を期待するだろうか。明言はしないけれども、暗に交通事故関連の報道を抑えることを期待する。また、相手がこちらの潜在的な意向を汲み取ることを期待する。

 更に言うと、会社や業界のイメージを損ねるような報道をした際は、広告出稿費の削減を検討する。

 仮に僕が、マスメディアで働いていたとしよう。

 大手自動車メーカーは、広告主として最上位のお客様だ。そんなとき、お客様が嫌がる交通事故関連の報道を熱心にするだろうか。しないに決まっている。大手自動車メーカーからの広告出稿費は、自分の生活費に直結するからだ。

 但し、自動車業界からの広告出稿費が下がってきたら、交通事故関連の報道を解禁するかもしれない。

 事故発生から24時間以内に死ななければ交通事故死と認定されないし、事故から1年以内に死んだ人を含めると交通事故の死者は、公表値の約2倍になる。

 交通事故の負傷者数に至っては、年間約100万人いる。単純計算であなたが1年間で交通事故で負傷する確率は1%。家族のことや年数の累積を考慮すると、これは決して無視できない確率になる。

 僕自身も小学校の頃、交通事故に遭ったことがある。友達とふざけていて、路地に飛び出したら、車に跳ね飛ばされた。幸い、ランドセルがクッションになって頭を強打せずに済んだ。それでも車のスピードとブレーキのタイミング次第では、ここで人生が終わっていたと思う。

 他の小学校が事故に遭う瞬間を目撃したことがある。やはり飛び出した小学校がスポーツカーに轢かれ、そのまま巻き込まれた。車からは若い女性が悲鳴を挙げながら「ごめんなさい」と連呼していた。小学生は血塗れで泣いていた。小学生の僕らは「飛び出す方が悪いよね」と言いながら通り過ぎた。

 僕の妹も交通事故に遭ったことがある。聞いたところでは、自転車で走っていたところ、横から車で接触され、転倒したそうだ。運転手の女性は「警察を呼んで来るからここで待っててね」と言って、そのまま逃げてしまったそうだ。

 交通事故に関して、殊更、僕の身の回りで起きたことが特殊だとは思わない。ごく普通にありふれた出来事だと思う。そしてそれは、車社会の利便性と比べれば、取るに足りない出来事でしかないのだ。

 ごく普通の人が、車に轢かれて、唐突に人生を終える。ごく普通の人が、車で人を轢き殺して、一瞬で人生を棒に振る。この理不尽さが交通事故問題の本質だと思う。

 いずれにせよ、日本では交通事故のリスクが明らかに過小評価されている。遅きに失した感は否めないが、交通事故を問題視する風潮が強まるのは、良い傾向ではないだろうか。

 山田宏哉記

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2012.4.30 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ