ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3131)

 学習能力向上の戦略

 子どもの頃は、誰でも物覚えが早い。だが、「鉄は熱いうちに打て」という言葉が示すように、歳を取るにつれ物覚えが悪くなる。

 僕は学生時代から一貫して、「学習能力の向上」に取り組んできた。学習能力が特に必要になるのは、「未知の領域への挑戦」の局面だ。

 学習能力の高い人は、課題遂行のために必要な知識や技術を短期間で習得できるが、学習能力の低い人は全く対応できない。私見では、この差こそがビジネスの幹部候補とその他人材を分かち、実務能力と報酬の差に直結する。

 一定年齢を過ぎると転職が難しくなる原因のひとつは、学習能力の低下にあると思う。自分の狭い経験と固定観念のために、新しい技術や知識を効率良く覚えられなくなる。こういう中高年は実務の現場ではもはや使い物にならないくなってしまう。

 このような「学習能力の低下」をどう回避するかは、僕にとって最重要のテーマであり続けている。

 学習能力は、「素質」「才能」という言葉で言い換えられることが多い。「あいつは素質がある」と言う場合、大抵、「あいつは学習能力が高い」と同じ意味だ。

 それでは学習能力の高さは、先天的なものではないのか。確かに"遺伝子の優劣"がモノを言うだろうが、後天的な訓練によって伸ばすことができると僕は考えている。

 あくまで自分の人生だ。「自分の遺伝子は優れている」ことを前提に、全力を尽くすしかない。

 学習能力を維持、欲を言えば向上させるためには、まずは脳機能の理解が必要だ。

 私見では、学習能力を維持・向上させるためには、潜在意識と運動能力を司るストリアツム(線条体)と小脳を徹底的に鍛えることが有効だ。

 それでは脳のストリアツムと小脳を徹底的に鍛えるには、どんな生活が必要なのだろうか。泥臭いが「脳と身体に限界近くまで負荷をかけ続ける」のが最も手っ取り早い。考えてもわからなさそうな難題に取り組み続け、ヨガや武術などで身体能力を高め続ける。これが最も有効だと思う。

 ちなみに、学習能力向上のために、読書はあまり有効ではない。読書は知識を効率良く吸収できるが、脳への負荷そのものはあまり高くない。一般に座学の学習効果が低いのと同じだ。脳に強度の負荷をかけるためには実地経験とアウトプットが欠かせない。

 課題を遂行する上で、学習能力はエンジンに相当する。楽をして低速で運転ばかりしていると、エンジンの性能が劣化してしまう。アクセルを限界まで踏み込むことで初めて、より速いスピードでの運転が可能になる。

 以前、僕は物覚えがとても悪かった。ひとつ言えるのは、僕は学習能力を後天的に獲得したということだ。その際、実務経験と武術やヨガの稽古が大きな転機になった。

 今では、正直言うと、僕は自分の学習能力の高さに自信がある。10代の頃よりも、知識や技術の吸収効率がいい。未知の領域の事柄であっても、ごく短期間で学習して成果を出すことができると思う。

 客観的に見れば、あまり大したことがないと思うが、学習能力の向上によって人生が随分と好転したのは事実だ。

 僕は基本的に「得意分野に集中すべし」と考えているが、例外的に「学習能力の向上」に関しては、得意分野への投資時間を削ってでも、取り組むべき課題だと思っている。

山田宏哉記

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2012.5.1 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ