ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3164)

 瀧本哲史(著)『武器としての交渉思考』覚書

 瀧本哲史(著)『武器としての交渉思考』(星海社新書) を読んだ。下記の2点が理解できたことは、本書を読んでの収穫だった。

1. これから生き残る仕事は「交渉をともなうもの」だけ。

2. 交渉はバトナ(BATNA: Best Alternative to Negotiated Agreement)とゾーパ
(ZOPA:Zone of Possible Agreement)を軸に進める。

 項番1について。コンピュータに代替されない仕事の領域を考えると、人間同士の「交渉」が筆頭にくる。なぜ、コンピュータは人間同士の交渉の領域に踏み込めないのか。

 それは、人間の感情や利害関心が、必ずしも定量的でも、合理的でもないからだ。

 コンピュータには、生身の自意識がないため「あいつは以前、俺のプロジェクトの邪魔をしたから許せない。何となく顔付きも気に食わない。仕返しとして、何か難癖を付けて、足を引っ張ってやろう」みたいな計算は、(少なくとも近年中には)できない。

 しかし、実際に仕事の交渉(調整)をする際には、上記のような「犬猿関係の把握」は特に欠かすことができない。ここで地雷を踏むと、上手くいくものも、上手くいかなくなってしまう。

 本書でも触れられているが、コンピュータはチェスや将棋のように「明確なルールに基づく勝負」には強いが、(今のところ)「ルールを変えても良い勝負」には弱い。

 日本企業の現場を見渡しても、最近では「自分の企画や提案を持ち回り、交渉(調整)をしている人」と「言われたことをやっている(だけの)人」が割とクッキリ分かれてきているように感じる。

 項番2について。バトナ(BATNA: Best Alternative to Negotiated Agreement)は、交渉で提示された案以外の最善の代替案、ゾーパ (ZOPA:Zone of Possible Agreement)は合意可能な領域を指す。

 合理的に交渉をする際は、基本的にこの2つが軸になる。

 仮に複数の会社からオファーを受けている人物がいて、A社からは年収1,000万円、B社からは年収800万円を提示されているとする。

 そして現在、C社から年収900万円を提示されたら、受けるべきだろうか。金銭だけを基準に考えれば、バトナは「A社から提示された年収1000万円」なので、この提示は受けるべきではない。

 但し、それでもC社で働きたいとすると「A社からは年収1000万円の提示を受けている」というバトナを、どう活用するかが極めて重要になる。

 この際、ハッキリと「A社からは年収1000万円の提示を受けている」と口にして、C社にも年収1000万円以上の提示を求めるか、「他にも良いオファーを受けている」と仄めかす程度に留めるかは、ケースバイケースだろう。

 実はA社は不正に手を染めているブラック企業で、年収1000万円では割に合わない仕事かもしれない。少なくとも、そういう時は、具体的な社名は言わない方が良い。

 対照的に「会社をクビになって、どこでもいいので働きたいです」みたいな人物は、「他の選択肢」を持たないが故に、時給800円で買い叩かれることになる。

 更に言うと、働き手が「年収800万円以上で働きたい」と考え、雇い手が「年収1200万円以下で雇いたい」と考えているとすると、ゾーパは年収800-1200万円の範囲となる。

 ゾーパ(合意可能な領域)が存在しない時は、「交渉の余地がない」。世の中には、こういうケースも結構多いので、交渉に入る前に、まずはこの見極めが必要になる。

 このように交渉というのは、思った以上に「情報戦」の様相を呈している。いや、「情報戦そのもの」と言っても良い。

 尚、本書では、合理的な交渉が通用しない「非合理的な人間」への対応ノウハウについても正面から取り上げられている。通常は明文化されない(公開したくない/言語化できない)ノウハウの記述が充実していた。

 文句なしの名著だろう。非常にコストパフォーマンスの良い1冊だった。

 山田宏哉記

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2012.6.28 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ