ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3169)

 決着・僕の中のオウム事件
        −身体障害者としての麻原彰晃ー

 オウム真理教が起こした一連の事件に関して、僕にとって最大の疑問はその「犯行動機」だった。

 「教祖が黙秘を続けている以上、わからない」というのが一般的な認識だ。僕自身、そう思っていたし、どこかで「麻原は特殊な人間なのだろう」と考えていた。

 だからこそ、「プレイボーイ」に掲載されていた藤原新也さんの仮説には、衝撃を受けた。直観的にその通りだと思ったし、これまでの疑問が一気に繋がった。麻原が黙秘を続ける理由まで理解できた。

 藤原新也さんの仮説は「麻原彰晃は、水俣病で眼の障害を患った。それが"国家への復讐"の原体験になった」という趣旨のものだ。藤原さんは麻原の長兄に会い、麻原が水俣病で視力を失い、水俣病に関する給付の申請をしたが却下されたことを聞き出している。

 これは極めて重要な情報だと思う。以下は僕の推測だ。

 麻原彰晃が視力障害を持つ障害者であり、そしておそらくは水俣病患者であることは、彼が起こした事件に大きな影響を与えたと思う。一貫して黙秘を続ける理由もわかる。

 麻原は、自らの身体障害に関して、人には言えない苦悩や劣等感を抱えて生きてきたのだと思う。この辺りは「健常者にわかってたまるか」という類の話なのだと思う。

 今更の話だが、人間は目が見えないと、生活が大きく制限される。不自由なことが多いし、自力で生きることも難しい。更に目が見える人が味わうことができる人生の楽しみの多くを、諦めなければならない。

 宗教の世界に入ったのも、これが根本的な動機だろう。しかも、その障害は、公害が引き起こしたものだった。

 公害で視力を奪われた時、人は何を思うのか。僕だって、仮に公害で視力を失い、障害者として生きることになったら、おそらく「社会に復讐したい」という感情が芽生えると思う。

 オウム真理教に関する報道には散々接してきたつもりだったが、麻原の身体障害に関する部分は、見事に欠落していたことに気付く。

 もっとも、ここを掘り下げると、障害者差別や水俣病患者への差別に結び付きかねない。

 オウム真理教の問題を障害者問題や水俣病問題と結び付けて考えるのは、おそらくタブーなのだろう。

 それでも、この点は正面から検証しなければならないと思う。

 何しろ、一連の事件で多くの人が死傷しているのだ。身体的な障害が犯行動機になったのならば、ハッキリそう言わなければならない。

 麻原は水俣病を患う身体障害者だったからこそ、その苦悩を乗り越えるために宗教の世界に入り、国家への復讐を画策した。僕の長年の疑問は、これで決着がついた。

 山田宏哉記

【関連記事】
随想:万引き少年のT君(2012.7.2)
「仲間外れ」の構造(2012.6.26)
反知性主義の国・日本(2012.6.24)
日本人の7割には、中学の教科書レベルの知識もない
(2012.6.23)
教職に逃げる大人たち (2012.6.21)
東京・蒲田の格安ネットカフェ探訪記 (2012.6.16)
最近の若者はバカばかり(2012.5.26)
ヤンキー文化圏の幸福な人生(2012.5.11)
性的リソースの分配論(2012.5.1)



2012.7.7 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ