ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3174)

 映画『苦役列車』覚書

 映画『苦役列車』を鑑賞した。日雇い労働の現場など、個人的に思い入れのある光景も含まれていた。

 それでも、これまで観た映画の中で、1、2を争う嫌悪感と不快感だった。キャストの演技が云々ではなく、筋書きそのものが酷い。原作者の才能は認めるが、この下品さと卑しさには付き合えない。

 『苦役列車』の主人公は、中卒で性犯罪者の息子(原作者の西村賢太とほぼ同じ)だが、まさに「人間のクズ」として描かれている。一般の人たちが「中卒で性犯罪者の息子」と聞いて抱くような偏見をそのまま体現していて、いくら「自虐ネタ」でもこれは度を越している。

 そもそも、中卒で性犯罪者の息子を「人間のクズ」として描くことが、果たして「斬新な文学表現」なのだろうか。

 西村以外が想像でこれを書いたら、確実に「発想が貧困で、差別と偏見を助長する」という評価になると思う。

 作中には「やっぱり、主人公(=西村)は、性犯罪者の息子なんだ。血統が汚れているんだ」と思わせるような描写に溢れている。これは本当に酷いし、親族に犯罪者がいる人たちに対する侮辱でもある。

 普通の人がこの映画から教訓を引き出すとしたら、「性犯罪者の息子と関わってはいけない」となってしまう。

 自分が性犯罪者の息子だからと言って、こういう描き方をするのは汚ないし、卑怯だ。
「被差別者は人間的に"善"という社会通念を打ち破った」と考えれば、一定の社会的な意味はあると思う。

 しかし、これをやり過ぎると「身体障害者が発狂する話」とか「在日外国人が井戸に毒を投げ込む話」とかも、「斬新な文学表現」になってしまう。

 原作者は近所の住民から石を投げつけられて、自棄でも起こしたのか。思わず、そう感じずにはいられない作品だった。

 山田宏哉記

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2012.7.15 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ