ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3178)

 椅子取りゲームの自己責任論

 湯浅誠(著)『どんとこい、貧困!』 (理論社)を読んだ。子ども向けに書かれた本だが、だからこそ、本質的な話が書かれていた。

 特に印象的だったのは、椅子取りゲームの比喩だ。

 椅子取りゲームに10人が参加し、8個のイスを奪い合うとする。10人のうち、2人はイスに座れず、敗者としてゲームから脱落する。

 仮にA君とB君が椅子に座れず、敗者になったとしよう。では、A君とB君は、なぜ椅子に座ることができなかったのか。

 答えは2通りある。

 まず、「A君、B君の資質と能力に問題がある」という考え方だ。確かに、A君とB君が、もっと椅子取りゲームの訓練をしていれば、椅子を取ることができたかもしれない。

 この場合、「A君とB君は、競争に勝てるように努力する」のが対策となる。

 但し、仮にA君とB君が椅子に座っていたら、今度は別の2人が椅子に座れず、敗者となる。要するに、敗者となる者は「資質と能力に問題がある」ということになる。いわゆる「自己責任」と呼ばれる考え方だ。

 A君とB君が座れなかったもうひとつの理由は、「椅子の数が足りなかったから」だ。10人が8個のイスを奪い合えば、構造的に2人は脱落して敗者になる。

 この場合、「椅子の数を増やす」のが対策となる。

 「どちらが正しいのか」と言えば、どちらも正しい。ゲームの設計と運用を重視するのか、参加するプレイヤーの能力を問題にするのか。理想を言えば、どちらにも目を配るのが望ましいのだろう。

 ただ、実社会を生きる上で厄介なのは、椅子取りゲームに参加するか、参加しないのか、選択の余地はないということだ。

 僕たちは、お金がなければ生活ができないし、お金を稼ぐためには、多くの場合、働かなければならない。

 受験や就職は一種の椅子取りゲームと言えるし、就職してからも、より高い地位と報酬をめぐって、椅子取りゲームが行われる。多くのプレイヤーは、その是非を考える暇もなく、生活のためには、このゲームに参加せざるを得ない。

 プレイヤーとして椅子取りゲームに参加するなら、「ゲームの設計と運用」は所与のものとして考え、「他のプレイヤーとの競争に勝つ」ことにリソースを集中した方が、個人としては得策だ。少なくとも僕は、これまでそうしてきたと思う。

 ただ、やはり誰かが「椅子取りゲームの設計と運用」が適切に行われているかを精査する必要はあるし、「椅子の数が足りないのか、椅子はあるのに座らない人がいるのか」も注意深く見極めなければならない。

 更に言うと、実社会の椅子取りゲームは「椅子に座れるか、座れないか」だけでなく、「良い椅子に座れるか、悪い椅子にしか座れないか」も重要になる。

 条件が良い椅子であれば、奪い合いになる。条件が悪い椅子には座らない人もいるし、一方で座らざるを得ない人もいる。

 ただ、僕は思う。椅子取りゲームの敗者に対して「お前が怠けていたのが悪い。"働かざるもの食うべからず"だから、敗者が死んでも仕方がない」という態度を取るのは、おそらく間違っている。

 仮に彼らが努力して椅子に座っていたら、別の誰かが敗者になる。その時、敗者になるのがあなたや僕でない保証はどこにもない。

 必ずしも自分がやる必要はないけれども、椅子取りゲームの構造に目を向け、「椅子の数を増やす」ことと「椅子の質を良くする」ことは、必要になる。道義的には、これは椅子取りゲームの勝者の責務だろう。

 本書には、湯浅氏の原点を思わせる記述が2つ含まれていた。湯浅氏の兄が身体障害者であることと、父親が日経新聞の社員だったことだ。

 小学生の頃、湯浅氏が兄を乗せた車椅子を押していると、好奇の視線を浴びて、兄は嫌がった。「人通りの少ない道を行け」と指示する兄と、それを拒否して、人が多い道に車椅子を押す湯浅氏の記述が印象的だった。

これは僕の勝手な推測だが、おそらく湯浅氏の活動の駆動力になっているものに、「父親への反発」があると思う。

 いずれにせよ、僕の湯浅氏に対する認識が変わった1冊だった。

 山田宏哉記

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2012.7.23 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ