ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3179)

 なぜ、他人を見下すのは楽しいのか

 誰も口にしないので、敢えて言う。他人を見下すのは、楽しいことだ。

 なぜ、差別はなくならないのか。なぜ、イジメはなくならないのか。おそらく、その根本的な理由は「他人を見下すのは、とても楽しいから」だと思う。

 その証拠は、いくらでもある。

 マスメディアは他人の不幸を追いかけ回し、軽蔑すべき人物の言動を報道する。報道に接した一般大衆は、義憤に駆られ、どこかの誰かに対して非難の声を上げる。僕たちは必死で他人の欠点を探し、過失があればここぞとばかりに叩く。

 これが「ジャーナリズムと市民の社会的使命」だと信じて疑わない。

 本当かね。僕はそう思わない。

 僕たちは、他人の不幸を消費して、娯楽として楽しんでいる。ニート、フリーター、日雇い派遣者、ネットカフェ難民、ワーキング・プア、生活保護受給者…。マスメディアには次々と「不幸な人」が登場し、その悲惨な生活がエンターテイメントとして提供される。

 その極端な例が、殺人事件の報道だ。

 素朴な疑問だが、逮捕した犯罪者の氏名や顔写真を報道する、合理的な理由はあるだろうか。

 マスメディアが殺人事件の詳細を報道する、合理的な理由は何だろうか。視聴者が、殺人事件の詳細を知りたいと思う、合理的な理由は何だろうか。

 殺人事件が起き、加害者が逮捕されると、被害者の人生は途絶え、加害者は刑務所や絞首台に送られる。そして大抵、被害者と加害者の家庭は崩壊する。

 この人生模様が、エンターテイメントとして、実に面白い。これが殺人事件の詳細を報じる合理的な理由だ(推理小説を見ても、殺人事件が娯楽のネタであることは明らかだ)。

 「人の不幸は蜜の味」と言うように、他人の不幸は娯楽の対象になる。

 もちろん、社会通年上は、殺人事件に対して「エンターテイメントとして面白い」などと言うのは許されない。報じる側も、受け取る側も「殺人は絶対に許せません。被害者のご冥福を心よりお祈りします」などと念仏を唱えて、自分の本心を偽る。

 そして僕たちは、殺人犯が絞首台から落とされて絶命し、殺人犯の家族の生活が崩壊することを、暗に期待する。

 犯罪者とは、言い換えれば「公認された人間のクズ」だ。犯罪者に対してであれば誰でも、思う存分、見下して、罵声を浴びせ、楽しむことができる。

 逮捕した犯罪者の氏名や顔写真を報道する理由は、犯罪者の氏名や顔写真が明らかになった方が、非難や罵声を浴びせる上で、手応えを感じやすいからだろう。

 僕たちは、自分の立ち位置を確認するために、他人の頭を踏み付ける。他人を見下すことで、優越感と幸福感で自分を満たそうとする。これは麻薬のようなもので、多くの人は、中毒症状がないままに、その深みに嵌っていく。

 ホームレスや生活保護の受給世帯を見下して、「社会のゴミ」と罵るのは、きっと爽快なエンターテイメントなのだろう。

 そのホームレスや生活保護の受給者であっても、更にその下の犯罪者を見下すことで、おそらく自らのプライドを保つことができるのだと思う。

 悲しいかな、多くの人は「自分よりも下の立場の人」がいないと、精神衛生を保てない。自分が「最底辺」であることに耐えられない。

 「天は人の上に人をつくらず」と言うが、「国家は人の下に人をつくる」。一般大衆の不満のガス抜きをするためには、「公認された人間のクズ」を設けて、一般大衆が「あいつらに比べればマシ」と思うように仕向けるのが、最も手っ取り早い。

 僕たちはたぶん、誰か見下す対象を必要としているのだ。それは、自らの存在価値を確かめるためであり、自尊心を守るためであり、社会の中で自らの居場所を確保するためだ。

 自分よりも劣った人々を物見遊山で眺めて、自らの境遇に感謝する。是非はともかく、僕たちはこうして、日々の幸せを噛みしめるのだ。

 山田宏哉記

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