ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3182)

 映画『マネーボール』に学ぶ人材戦略

 映画『マネーボール』を鑑賞した。

 僕は、野球観戦に全く興味がないのだが、この映画は人材戦略という視点からみて、非常に示唆に富んでいた。

 この映画では、経営資源に乏しいチームが、資金が豊富な球団に勝つためのセオリーが提示されていた。そしてこれは、野球の球団運営のみに当てはまる話ではない。

 「野球が上手い選手」と「勝利に貢献できる選手」は、一見似ているが、違う。一般には両者はかぶっているケースが多いが、ここを明確に区別することが本映画の人材戦略の第一歩だ。

 「野球が上手くて、勝利に貢献できる選手」を獲得するには、高い年俸が必要だ。一方、「野球が下手だが、勝利に貢献できる選手」は、過小評価されている場合が多く、低予算で獲得できる。

 後者の「過小評価されている選手」を掻き集めるのが、資金力が乏しいチームが、競合に打ち勝つ基本戦略となる。

 この映画では、打率ではなく、「出塁率」が最重要の指標として使われていた。「試合に勝つ」という目的に照らせば、ヒットで出塁しようが、四球で出塁しようが、どちらでも構わない。

 統計や確率を前面に出し、評価指標を設定し、それに適う人材を低予算で獲得していく。

企業の人材戦略にこの映画のアプローチを適用すると、どうなるか。

 「野球が上手い選手」と「勝利に貢献できる選手」が異なるように「コミュニケーション能力が高い人」と「成果を出せる人」も違う。

 経営資源に余裕があるなら、両方を満たす人材を獲得できるだろうが、余裕がないなら、後者の条件のみを満たす人材を狙うのが合理的だ。

 例えば、中小企業の採用面接で「コミュニケーション能力」を重視するのは不合理だ。
「コミュニケーション能力」は優良大企業も重視する指標のため、これでは「大企業の採用面接に落ちた人」しか獲得できない。そのため、大企業との競争では、必然的に負けてしまう。

 おそらく、中小企業の採用で狙うべき人材像は「コミュニケーション能力は低いが、圧倒的な成果を出せる人」だと思う。

 尚、求める人材像を定義する際、重要になるのは「教育訓練で伸びる要素」と「素質や遺伝子がモノを言う要素」を切り分けて考えることだ。

 経営資源に余裕がないなら、前者に不備があっても、あまりとやかく言うべきではないと思う。一方、後者には徹底的にこだわるべきだ。

 微妙な事例で恐縮だが、広告ベンチャー企業のC社は「女性社員は"顔採用"」と言われている。事実か否かはともかく、容姿や外見は、後天的な教育訓練ではどうにもならない要素が大きい。経営資源に乏しい中小企業が容姿で採用を決めるのには、一定の合理的がある。

 対象的に「礼儀正しさ」とか「敬語の使い方」のように、後天的な教育訓練でどうにでもなる要素(しかも成果に直結しない)を採用の判断材料にするのは、人材戦略としては稚拙だと思う。

 尚、本作品の教訓を現実のビジネスに適用する上で注意すべきなのは、野球というゲームはルールと勝敗が明確であり、試合に出場する選手の数も、各選手期待される役割も、明確に決まっていることだ。だからこそ、統計や確率を用いた手法が大きな効果を発揮した面はある。

 現実のビジネスは、必ずしもルールや勝敗の定義が決まっていないし、プレイヤーの数も、各プレイヤーに期待される役割も、局面によって全く違ってくる。そのため、統計や確率を前面に出した人材戦略では、革新的な成果は得られない(むしろ失敗の可能性が高い)と思う。

 いずれにせよ、野球に興味はなくとも、人材のマネジメントに関心がある人には、必見の映画だ。

 山田宏哉記

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2012.7.28 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ