ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3188)

 人生の岐路、つぶしが効く選択

 「つぶしが効く」という表現がある。

 「金属製品は溶かして再利用することができる」ことから転じて、ある進路を途中でやめても、別の進路に転向できることを指すようになった。

 柳川範之, 水野弘道, 為末大(著)『決断という技術』によると、体操から棒高跳びへの転向はブブカをはじめ、成功例が散見される(一方、棒高跳びから体操への転向は基本的にない)。

 国策としてオリンピックのメダル獲得を目指すなら、体操のような汎用性の高い種目に優秀な人材を投入するのが、合理的選択になる。

 アスリートが個人としてのキャリアを考えた時も、「つぶしが効く方」を選択した方が合理的だ。

 体操をしていれば、体操でうまくいけばそれに越したことはない。仮に体操でダメだったとしても、棒高跳びに転向して希望をつなげられる。

 一方、最初から棒高跳びを専門種目に選ぶと、いきなり「後がない」。

 「つぶしが効く」という観点から人生の選択をするのは、リスクヘッジとして重要で、おそらく間違っていない。

 人生の岐路における重大な決断は、基本的に「取り返しがつかない」。しかも人間はその決断を間違える場合が多い。

 高校時代、僕は理系に進んだ。途中で思う所があって、文系に転向した。よく知られるように、理系の文系転向はありだが、文系の理系転向は厳しい。結果的に理系選択は誤っていたが、つぶしが効いたので、致命傷にはならなかった。

 関連して言うと、大学受験の際、僕は現役時代は数学選択で、浪人時代は世界史選択に切り替えた。これも、世界史選択から数学選択への転向はたぶんない。

 今の若い人が大企業志向なのは、実は合理的な選択だ。

 大企業勤務を経て、中小企業に転職したり、ベンチャーで起業したり、独立したりするのはありだが、その逆はない。少なくとも、今はそう思われている。これは「体操と棒高跳びなら、まず体操を選ぶべき」という話と同じだ。

 人生の中で「会社選び」は非常に重要だが、おそらく多くの若者はその「会社選び」に失敗する。

 情報不足だったり、人生経験の浅さだったり、敗因は様々だ。その際、事業領域が広く、様々な職種の人がいる大企業の方が、就職活動の「判断ミス」をカバーしやすい面はあると思う。

 零細企業だと、上司や仕事内容に不満がある場合、転職しか選択肢がないことがある。大企業なら部署異動で済む問題が、中小企業だと「辞める、辞めない」の大問題になったりする。

 あまりこんなことは言いたくないのだが、現実には「とりあえず大企業」の選択が有利だ。

 昨今は、専門志向の高まりで、人生の早い段階で専門領域を絞りこむことが奨励されている気がする。

 だが、「いきなり棒高跳び」の選択は残念な結果になる危険性が高いのではないか。実は向いていない可能性があるし、オリンピック競技から外れるかもしれない。

 「役者を目指す」とか「ミュージシャンを目指す」といった話も同様で、それ自体は悪くないし、むしろ勇気ある挑戦だ。

 ただ、同時に「うまく行かなかった場合、どうするのか」を考えておかないと、人生を棒に振るリスクに晒される。

 物事は、自分の思い通りにいくとは限らない。まさかの時、転向先はあるのか。自分にとって、"体操"と"棒高跳び"に相当するものは何なのか。

 将来の予想がしにくい時代だからこそ、人生の岐路に立ったとき、「つぶしが効く方」を選ぶのは、重要な意味を持つと思う。

 山田宏哉記

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2012.8.11 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ