ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3191)

 撤退戦としての介護事業

 介護事業は慢性的に人材不足と言われる。

 よく「所得水準が低い」ことがその理由と言われるが、より根本的な理由は、介護が「撤退戦」だからだと思う。

 現実に照らすと、要介護者が介護が不要な状態に回復することは、基本的にない。むしろ、要介護者が死を迎えることによってのみ、介護は完了する。

 そもそもが「後ろ向き」の仕事だ。ある意味では「閉店が決まった店舗」で働くのと似ている。

 では、介護事業者のミッションとは何か。一口に「顧客の期待に応えること」と言っても、要介護者本人のことなのか、要介護者の家族のことなのか、どちらを顧客と捉えるかによって、採るべき戦略も変わってくる。

 更に言うと、要介護者の家族は、本心から「一日でも長生きして欲しい」と思っていることもあれば、本音では「早く死んで欲しい」と思っている場合もある。

 もちろん、後者の本音は決して口にされないが、介護事業者はこの本音を見抜いて、期待に応えることが必要だ。まさに汚れ仕事だ。

 顧客が本音では「早く死んで欲しい」と望んでいる場合、介護事業者は「速やかに死を迎えるプログラム」を提供できれば、それはビジネスチャンスになる。

 「速やかに死を迎えるプログラム」の具体例としては「1日中ベッドに縛り付けて、"寝たきり"にする」などの手法がある。これをやると、健康な若者でも急速に衰弱する。身体が弱っている高齢者にこれをやるのは、「何をか言わんや」だが、これは現実に行われている。

 先日、ある介護系の施設を見る機会があった。

 一旦、その施設に入ると基本的に死ぬまで出られない。ベッドに縛り付けられて、栄養補給だけがなされる。他にはすることがない。人はこういう生活に耐えられず、急激に衰弱する。こうして人が次々と死んでいく。

 しかもおそらく、それを知っていて、意図的にやっている。恐ろしい世界だ。

 高齢化社会が進むにつれ、この種の介護施設あるいは介護事業者が増えるのはおそらく避けられない。ただ、あまりに生臭く、僕も見ない振りをして過ごしてきた。

 しかし、「ベッドに縛り付けて死ぬ日を待つ」という類の施設が現代日本に存在し、しかも暗然とした支持を得ていることに、僕は唖然としてしまう。

 「ベッドに縛り付けて死ぬ日を待つ」という類の施設に限って、「笑顔の園」みたいな名前を付けている。放りこむ側も、施設側も、後ろめたさを感じないように工夫しているのだろう。

 人生の終末期に、家族から「早く死んで欲しい」と思われるのは惨めだが、それは本人の日頃の行いが跳ね返ってきたもので、たぶん自業自得なのだろう。

介護事業を手がける場合、「1日でも長生きするための介護」をするか、「速やかな死を提供する介護」をするかで、その事業内容は大きく違ってくる。

 ただ、日本が先進国から転落するにつれ、後者の「速やかな死を提供する介護」を選択せざるを得ないケースが増えることだろう。

 介護を志す人は、「より長生き」を目的にするのか、「穏やかな死」を目的にするのか。残念ながら、どちらにしても、あまり楽しいビジョンではない。

 介護は「心優しい人」が適任なのは間違いない。

 但し、その一方、介護業界が必要とする「もうひとつ人材像」とは、「早く死んで欲しい」と望んでいる顧客の本音を見抜き、「(殺人にならない範囲で)速やかな死を迎えるプログラムを提供できる人材」なのだと思う。

 山田宏哉記

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