ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3193)

 自転車に乗れるまで  

 実生活でこんな話をした。

 「自転車の乗り方を言葉で説明すると、『ハンドルを握って、サドルに座って、ペダルを漕ぐ』のようになる。但し、この説明を頭で理解しても、自転車に乗れるようにはならない。"仕事術"の類を頭で覚えても、仕事ができるようにならないのは、実は当たり前のことだ。」

 生まれつき、自転車に乗れる人は滅多にいないと思う。僕も幼い頃、転びながら、自転車の乗り方を覚えた。

 ある朝、僕はフッと自転車に乗ることができた。前日の夕方までは、練習しても乗れなかった。睡眠中に脳の情報が整理されて、乗り方を掴めたのだと思う。

 そして、一旦乗れるようになると、もはや乗り方を忘れることはなく、今日に至っている。

 ホワイトカラーの職種を含めて、仕事は「身体で覚える」という側面が大きい。それは「自転車の乗り方」を体得するプロセスと基本的には同じだ。

 自転車に乗れるようになるためには、転んでも安全な場所で、実地訓練をすることが必要だ。転ぶことを恐れてはいけない一方、交通事故でトラックに轢かれたら、取り返しがつかない。

 ビジネスの現場では、至る所で大型トラックが猛スピードで走っている。自転車の運転がおぼつかない新人をいきなり過酷な現場に放り出すのは、たぶん指導として間違っている。まずは"転んでも安全な場所"で訓練を積んだ方がいい。

 もっとも、自転車の運転にもレベルの差があり、スピードやハンドル捌きなどで差が付く。乗る人の意欲も様々で「転ばなければいい」という人もいれば、「一番速く走れなければ、気が済まない」という人もいる。これも仕事と同じだ。

 自転車で差が付くのは「転ばない程度の運転ができるようになってから」だ。ここまでは誰でもやる。だが、多くの人は「これで充分」と考え、上達が頭打ちになる。一方、一部の人は更なる高みを目指す。

 「転ばずに自転車を運転する」ための訓練と「自転車のレースで勝つ」ための訓練では、次元が全く異なる。

 「転ばない程度の運転ができる人」が更なる高みを目指す場合、やるべきことが一気に広がる。地道な基礎体力作り、理論書を読んでの自らのフォームの検証と改善、駆け引きに勝つための人間心理の勉強やメンタルトレーニングなどだ。

 多くの人は「転ばずに運転できる」というレベルで、能力が頭打ちになる。

 多くの場合、自転車に乗れないのは、「才能がないから」ではない。単に乗るための訓練をしていないからだ。あるいはレースに勝つための訓練をしていないからだ。

 自転車よりは複雑だが、実は仕事でも全く同じだ。多くの場合、足りないのは才能ではなく、然るべき訓練なのだ。

 山田宏哉記

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