ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3203)

 僕たちは「格差社会」を望んだ 

 「格差社会」と言うと、大抵、一方的に批判の対象になる。「誰か悪い奴」が経済格差の拡大を推進したと考えられている。

 しかし今、冷静に振り返ると、「格差社会」というのは、僕たち自身が望んだことだったと思う。

 体感的な記憶では、1990年代までは「一億総中流」と、まことしなやかに言われた。これが2000年代に入ると、盛んに「格差社会」と言われるようになった。

 僕が「格差」を意識するようになったキッカケとして、特に以下の3冊の影響が大きかった。

1.苅谷剛彦(著)『大衆衆教育社会のゆくえ』(中公新書,1995年)
2.橘木俊詔(著)『日本の経済格差』(岩波新書,1998年)
3.佐藤俊樹(著)『不平等社会日本―さよなら総中流』(中公新書,2000年) 。

 僕は苅谷氏の『大衆衆教育社会のゆくえ』や佐藤氏の『不平等社会日本』を読んで、格差社会の到来を願った。

 但し、当時はその理由を明確には自覚できなかった。また、倫理的に当たり障りがあるので、あまり語るべきことではないと思っていた。

 それでも、2000年前後、野心に満ちた日本の若者は、勝ち組と負け組が生まれる格差社会を歓迎していたと思う。

 2000年時点で、既に日本は「ジリ貧」の状況にあった。

 「失われた10年」を経て、たぶん僕たちは「少子高齢化する日本」には希望がないと気付いてしまった。このままでは、皆で並んで落ちぶれていく。思うに、この社会構造が「他人を踏み台にしてでも、上に行きたい」という野心とエゴイズムに火を付けた。

 ちょうど機を同じくして、ビジネスの世界では、成果主義の導入が喧伝された。

 人事に詳しい人なら誰でも、成果主義の目的は「総額人件費の抑制」だと知っている。それでも僕たちは「業績に応じて、処遇に格差を付ける」という「格差を正当化する思想と制度」を歓迎した。

 僕の記憶では、2000年前後頃から、IT革命と足を揃えるように「勝ち負けをハッキリ付ける」という価値観が台頭してきた。格闘技がブームになったのも、この流れと無縁ではない。

 なぜ、2000年頃から「勝ち負けをハッキリ付ける」という価値観が台頭してきたのか。私見では、1997年の山一証券の破綻に代表されるように企業倒産や人員削減が一般的になったのが大きい。

 その結果、強い個人ほど「国や企業にはもう頼れない」と考えるようになった。

 1990年代後半、人員削減がなされた企業では、能力のある人材が残り、能力のない余剰人材は放り出されることになった。

 このコントラストも「勝ち組」と「負け組」の原像を生み出し、誰もが自分の相対的な立ち位置を気にするようになった。

 2006年、NHKスペシャルで「ワーキングプア」が放送され、翌年には赤木智弘氏がフリーターを代弁して「希望は、戦争」と吠えた。

 こうして「負け組の悲惨な人生」は社会派のエンターテイメントになった。

 今でも「負け組の悲惨な人生」を扱ったコンテンツには手堅い需要がある。この種のコンテンツを熱心に消費するのは「彼らと比べれば、自分はマシ」と考えることで、自尊心を保っている層だ。

 全体のパイが小さくなる中で、僕たちが選択を迫られたのは、「格差をつけるか、皆で一律に沈むか」の二者択一だった。

 僕たちは「格差をつける」方を選んだ。悲痛な顔をして「これからは格差が拡大する」「負け組は悲惨な人生を送る」と言いながら、本心では格差が拡大し、負け組が社会の底辺を這うことを望んでいた。

 多数派は落ちぶれるが、格差社会の勝ち組になれば、これまで以上の生活水準を手にできる。格差社会こそ、沈む船から見えた、わずかな希望だったのだ。

 山田宏哉記

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2012.9.24 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ