ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3221)

 若さゆえの飢餓感

  PCの遠隔操作事件の流れを見ていて、"若さゆえの飢餓感"という言葉が思い浮かんだ。

 "真犯人"は無実の人が冤罪で逮捕されたのを見て、ひとりでほくそ笑んでいれば捕まらずに済んだはずだ。ところが、注目を浴びたいがために犯行声明以外にも余計な発言をして、墓穴を掘っている。

 おそらく、"真犯人"は飢えていたのだと思う。何に飢えていたのか。それは、他者からの承認と自分の能力に相応しい評価だ。だからこそ、自己顕示欲が肥大化して、"真犯人"自身にとっては、"危ない橋"を渡ってしまう。

 僕もまた、20歳の頃、他者からの承認と自分の能力に相応しい評価に飢えていた。世の中を恨んで、「愚かな人間どもを一掃したい」と思う者の気持ちは、わかる方だと思う。

 マーティン・スコセッシ監督の映画『タクシー・ドライバー』では、まさにそういう世界が描かれている。

 他者からの承認と評価は、何で測定することができるか。ごく簡単に言うと、社会人としての評価は、職務と報酬、そして実績でおおよそわかる。「どんな仕事をしていて、いくら稼ぎ、これまでにどれだけの実績があるのか」。実のところ、人の評価はこの3つの要素で決まる。

 年収300万円の介護スタッフと年収1000万円のキャバクラ店店長のどちらが評価に値するか。それは各人の価値観による。

 但し、年収100万円の掃除屋はこの両者より評価が低く、年収1500万円の弁護士はこの両者より評価が高い。これには、暗黙の社会的合意がある。

 職務と報酬、そして実績。多くの若者は、まだこれらの要素を手にしていない。だから、低い評価しかされないのだ。もっとも、報酬が低くても誇りの持てる仕事はあるし、報酬が高くても人に言えない仕事もある。

 いくら一流大学に通っていても、仕事を通してカネを稼いでいない以上、所詮は「学生の分際」である。いくら立派なことを言っても、親の脛をかじりながらでは、まともな大人は聞く耳を持たない。

 一流企業に就職しても、新人の頃に任される仕事は、コピー取りのような雑用ばかりだったりする。給料も安い。仕事の実績と呼べるようなものもない。こういう中で、自己評価の高い若者は、不遇感と焦燥感を積もらせていく。

 承認と評価に飢えた若者は、自己顕示欲を肥大化させる。これは至るところで見られる現象で、僕自身にも思い当たる節がある。

 遠隔操作事件の「真犯人」が、余計なことを言わずにいられないのは、自己顕示欲のなせるわざだ。おそらく彼も、承認と評価に飢えているのだろう。

 僕自身、「自分は正当な評価を受けていない」と感じる時期は、約10年間続いた。20代を通して、ずっとそうだった。

 今思うと、若い頃、「自分は正当な評価を受けていない」と感じる期間が長いのは、必ずしも悪いことではない。飢えているので、学習能力が高く、獲物に喰い付こうとする。これは「立派な大人たち」が失ってしまった姿勢で、大きな強みにすることができる。

 能力の向上が仕事のパフォーマンスに結び付き、更にはそれが周囲から評価されるまでの間には、時間差がある。この期間は、大きなストレスと飢餓感を抱えることになるが、ここで安易に継続を止めず、社会規範からも逸脱しないことが、肝要になる。

 僕自身のことについて言うと、今は特に「他者から認められたい」とか「自分の能力に相応しい評価が欲しい」とは思わない。

 それは僕が無欲になったからではなく、実際にこの2つを手にすることができたからだ。かつてあれほど渇望していた承認と評価だったが、いざ手にすると、それは日常に埋没して、顔を隠してしまった。

 手にしてしまえば何でもないものを、人生を狂わせるほどに渇望する。"若さゆえの飢餓感"とは、たぶんそのようなものなのだと思う。

 山田宏哉記

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2012.11.17 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ