ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3222)

 シュートを打つ人、パスに逃げる人

 仕事のスピードに大きく影響する要素のひとつに、「裁量の大きさ」がある。自分の判断で処理できることであれば、自ずとスピードはあがる。

 対照的に、誰かの指示を仰がないと先に進められないような案件だと、一気にスピードが落ちる。

 新入社員の仕事が遅いのは、裁量の範囲が小さいために、自分の判断だけで仕事を進められないからだ。非常に細かいことでも、逐一、上司や先輩の指示を受け、承認を取りながら進める必要がある。

 最初は仕方がないが、本来、これは望ましくない状態だ。

 もっとも、「どこまで自分の裁量でできるか」は、改めて明示されないケースが多い気がする。このバランス感覚は高度な暗黙知であり、実際に仕事をする中でしか、掴むことができない。

 スピードを優先すれば独断専行となる恐れがある一方、安全サイドに倒しすぎると納期遅れのリスクが高まる。

 ここでは便宜的に、自分の裁量で物事に決着を付けることを"シュート"と呼び、他の誰かに決めてもらうことを"パス"と呼ぶ。サッカーをイメージするとわかりやすい。

 サッカーの試合を観ながら「何でそこでパスを出すんだよ。シュートを打て、バカ野郎」と感じる人は、結構いると思う。

 日本のビジネスシーンでも、シュートを打つ人が少なく、パスに逃げる人が多いと思う。

 もちろん、パスをした方がいい場面で強引にドリブル突破するようなスタンドプレイは望ましくない。しかし、日本にはもともとこういうタイプの人が少ない。問題なのはシュートを打つべき場面で、パスに逃げる人の方だ。

 一般論として言えば、日本人は裁量の範囲を安全サイドに倒しすぎだと思う。

 監督に「シュートを打っていいですか?」と伺いを立てるような仕事の仕方では、競争に勝てるわけがない。監督が選手に期待するのはあくまで「試合に勝つこと」であり、ルールを守って、結果を出せるなら、そのための具体的な方法は選手に任されている。

 自分でシュートを打つべきタイミングで、パスを出してチャンスを逃している。実績を出すことより、「失敗した時に非難されたくない」という気持ちが強いのだろう。

 シュートを打つべきタイミングで、パスに逃げる人に限って、「チームワークの大切さ」みたいなことを言う。

 しかし、チームの勝利に貢献することこそがチームワークであり、そのためにはシュートを打つべきタイミングでシュートを打ち、得点を挙げなければならない。

 日本では、まことしなやかに「仕事の基本はホウレンソウ」と言われる。報告・連絡・相談が大事と言えばその通りだが、これはあくまでパスであって、シュートではない。

 パスをするなら、それは「得点につながるパス」でなければならない。「チームワークが大切」とか言って、バックパスとサイドパスで自陣内でボールを回すのは最悪だ。

 シュートを打つべきタイミングで、パスに逃げる人材ばかりの企業は、結果として、外資系企業との競争では連戦連敗を重ねている。そして結局、経営が傾いていく。

 自分の判断でシュートを打つ。安易にパスに逃げない。そしてもちろん、結果に責任を持つ。伸びる人と伸びない人の差は、案外、このあたりに含まれていると僕は思う。

 山田宏哉記

【関連記事】
若さゆえの飢餓感 (2012.11.17)
動物王国としての実社会 (2012.11.11)
人生を語る不誠実さ (2012.11.11)
映画『009 RE:CYBORG』覚書(2012.11.4)
なぜ、経歴を詐称するのか(2012.11.3)
愛は地球を救えない(2012.10.24)
労働貧困層と生活保護(2012.10.22)
ルサンチマンのある人生(2012.10.18)
世界は"不本意な職業"で溢れている(2012.10.15)
不本意な職業を受け入れる(2012.10.13)
僕たちは「格差社会」を望んだ(2012.9.24)
「人間好き」のファシズム (2012.9.17)
強者はデモに参加するか(2012.9.15)
撤退戦としての介護(2012.9.1)
「仲間外れ」の構造(2012.6.26)
反知性主義の国・日本(2012.6.24)
日本人の7割には、中学の教科書レベルの知識もない
(2012.6.23)
読書を実務に活かす暗黙のプロセス (2012.6.23)
教職に逃げる大人たち (2012.6.21)
あの人が嫌われる理由 (2012.6.4)
最近の若者はバカばかり(2012.5.26)
「カネのため働く」という建前(2011.12.25)



2012.11.17 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ