ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3223)

 映画『シルク・ドゥ・ソレイユ』に学ぶ人材配置

 映画『シルク・ドゥ・ソレイユ』を鑑賞した。

 これまでにないタイプの映画で衝撃を受けた。シルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマンスの質が圧倒的に高く、夢をみているような感じだった。

 さて、映画の本筋そのものでもあるが、シルク・ドゥ・ソレイユのパフォーマンスは圧倒的に良かった。但し、「出演者全員が超人的なパフォーマンスを披露していたか」というと、実はそうではなかった。

 そこで考えさせられたのが、人材配置のことだ。

 映画の中には、様々な役割があった。主役級の人物やソロで演技を披露する人は、当然ながら超人的なパフォーマンスを発揮していた。しかし、注意深く見ると、ただ変装してワイヤーでぶら下がっているだけの人もいた。

 劇団の中では当然、技量に個人差があるはずだ。技量の高い人には超人的なパフォーマンスの役を割り当て、技量の低い人にも、難易度は低いが、演目に不可欠な役を割り当てる。観客から見ると、全体でひとつの超人的なパフォーマンスに見える。

 技量の高い人と低い人は「組織の中で、同じ役、同じ動作をしていけない」。技量の低い方が、悪い意味で目立ってしまう。違う役割、違う動作をすれば、技量の低いメンバーも目立たずに済む。

 これは、世の中の様々な場面に転用ができる。

 幼稚園や小学校などの学芸会の役割分担は不平等だ。主役やヒロインがいる一方、変装して突っ立っているだけの「木の役」があったりする。これは現実の企業内部の役割分担にも当てはまる。

 30人のクラスの学芸会で登場人物5人の劇をやることになり、25人は「木の役」で出演する。しかも、主役が務まる人材がいない。これが、日本企業が置かれた状況だと僕は思う。

 主役が務まる人材がいないので、これは通常「人材不足」と呼ばれる。すると"問題解決"のために、登場人物5人、「木の役」が25人の劇に、更に「木の役」の人材が投入されることになる。

 もっとも、たとえ「木の役」であっても、役割と出演機会が与えられたのは恵まれている。現実には、「木の役」ですら得られない人が、数多くいる。

 従来の日本企業では、「木の役」の人材であっても、会社に忠誠を誓っていれば、生き残ることができた。

 しかし、コスト削減の圧力の中、「木は生身の人間ではなく、置き物でも充分ではないか」という風潮が強まった。

 「木の役」が生身の人間である必要はない。いや、そもそも「木の役」そのものが不要であるケースが多い。「木の役」とは、余っている人に出演機会を与えるために作った役割だ。これは現実のビジネスでも幅広く行われている。

 日本人は「適材適所」という言葉が好きだ。日本企業も、「はじめに人ありき」でその人に合った職務なりポジションを割り当てる。だから、実質的には「余った人」の雇用対策である「木の役」が大量に作られ、人件費の負担が重くなる。

 経済合理的に判断すれば、「はじめに人ありき」の「適材適所」より、「はじめにポジションありき」の「適所適材」の方が理に叶っている。こうすれば、「木の役」の余剰人員を抱えずに済む。

 現実のビジネスでは、誰が主要登場人物で、誰が「木の役」であるかを見抜く必要がある。基本的には、仕事の評価が高い人ほど重要な役割を割り当てられ、評価が低い人ほど、どうでもいい役割を割り当てられる。

 技量に差があるメンバーを、どのように配置し、組織としてのパフォーマンスを高めるか。そのような視点で観ても、興味深い作品だった。

 山田宏哉記

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2012.11.17 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ