ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3229)

 アウトソーシング時代の働き方

 個人的に懸案となっていることがあった。

 「自分でやるしかない」と思っていたが、ふとアウトソーシングの費用を調べたら、思いの他、安かった。むしろ、自前でやるよりコストパフォーマンスが良かった。

 経済合理的に考えると、自前でやるより、「外の専門業者」に任せた方が良いことは多い。

 一方で、これは非常に怖い面を持っている。

 自分の担当領域そのものが「外の専門業者に任せた方が良い」と判断される可能性があることだ。更には、自分のいる組織全体の仕事までアウトソーシングされてしまう危険すらある。

 何を自前でやり、何を外部委託するのか。何が自分にとってコアとなる仕事なのか。この判断を誤るのは致命的だ。

 実社会で働く実感からすると、アウトソーシングの領域は周辺的な業務から徐々に広がり、事業の中核部分に向かって侵食が進んでいる。

 ありきたりな言い方になるが、「報酬以上の仕事をする」ということが、これまで以上に重要になっている。報酬以上の仕事をしていなければ、「自前でやる価値がある」と証明できない。

 かつての日本企業では、職場に新人が配属されると、まずは「誰にでもできる仕事」を任された。新人は周辺的な業務から順に仕事を覚え、いずれは中核的な仕事をすることが期待されていた。

 但し、新人に雑用を任せるのは、実はコストパフォーマンスが悪かった。効率だけを考えれば、そのような業務はアウトソーシングした方が良かった。それでも、敢えて新人に仕事を回していたのは、人材育成という目的があったからだ。

 例えば、新人のA君は「僕にでもできる仕事があったら、回してください!」という姿勢で先輩から仕事を確保し、完遂し、成長していく。

 数年後、A君は新人のB君から「僕にでもできる仕事があったら、回してください!」と言われ、簡単な仕事から任せるようになる。

 このように、世代を超えて人材育成のサイクルが回ることが重要だったのだ。

 効率は悪くても、訓練目的で敢えて新人に仕事を任せる。これが本来の職場内訓練(OJT)だった。

 ノマド系の文化人は「下積み三年」をバカにするが、下積みの経験は将来、他の人に仕事を任せる際に役に立つ。

 雑用の経験がない人は、部下や後輩に上手く雑用を任せることができない。人材育成の観点からは、周辺的な雑用も、実は自前でやった方が良いと僕は思う。

 しかし今日、日本企業からその余裕はなくなりつつある。アウトソーシングの対象になるのは、かつて新人が下積みでしていたような仕事だ。

 コストパフォーマンスがシビアに問われるようになると、仮に新人のA君が「僕にでもできる仕事があったら、回してください!」と頼んでも、上司や先輩から「その仕事はいいよ、専門の業者に任せるから」と言われてしまう。A君は社内ニートへ一直線だ。

 もっとも、仮に事業の中核的な部分だけを残して、他の部分は全てアウトソーシングすると、大半の人材が不要になってしまう。人材育成の機能も極端に弱まる。だから現実的には、アウトソーシングの領域は、お金と人材を天秤にかけて判断することになる。

 ただ、最近の傾向として、人材よりお金の方に天秤が傾いている点は、見逃せない。

 人件費が固定費だった日本企業は、正社員を派遣に置き換えることで、「人件費の変動費化」に成功した。これは人材のアウトソーシングだった。

 もっとも、労働者派遣の料金は、正社員の給料と比べて、必ずしも安くはない。例えば、新聞報道等によると、一般にIT技術者の派遣料金は1時間あたり\3,500から\4,000(一人あたり毎月約100万円)とされる。

 ここは若干特殊で、労働者派遣のメリットは「簡単に契約を解除できる」という点にある。一方、正社員は簡単に解雇できない。

 更に労働者派遣が広がるのと歩調を合わせるように、日本企業は総額人件費を一定の枠内に抑えるために、「成果主義の導入」にも踏み切った。

 但し、それでも結局、外資系企業との競争には勝てなくなった。

 労働者派遣を受け入れ、成果主義を導入しても競争に勝てない場合、次に起きることは何か。

 それが今、脚光を浴びているBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)と呼ばれる話だと僕は思う。業務を切り分け、付加価値の低い業務は、人件費の安い諸海外の企業に委託する。そして、正社員/派遣を問わず、自社で抱える人員を削減するわけだ。

 BPOが進めば、日本国内から更に雇用が失われることは間違いない。経済合理的に判断すれば、縮小する日本市場で、日本企業が日本人を雇用するメリットは、あまりない。

 もっとも、海外へのアウトソーシングが不可能な職種もある。介護、外食、警備、掃除屋、運送、小売の接客など、場所に拘束され、肉体労働が必要とされる職種だ。

 優良企業で事業の中核を担う基幹人材になるか、アウトソーシングできない肉体労働を生業とするか、労働基準法を無視するブラック企業に入社するか。

 近い将来、普通の日本の若者の働き方は、大きくこの3つに分かれると僕は思う。いや、既にこれが現実かもしれない。

 山田宏哉記

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2012.12.8 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ