ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3237)

 なぜ、デートでサイゼリヤに行ってはいけないのか?  

 僕は個人的にサイゼリヤの空間が好きでよく利用する。何より、値段が安いし、味も悪くない。落ち着いて読書をすることもできる。企業としても、優良だと思う。

 『週刊ダイヤモンド』2010年5月22日号の「外食」特集では、サイゼリア社長堀埜一成氏がインタビューで以下のような趣旨の発言をしている。

 「サイゼリヤの強みはミラノ風ドリア¥299。個数で全体の約30%を占める。オーストラリアに工場を持っているからできる。ミラノ風ドリアに注文が集中すれば、作業が最も速くなり、安定する」

 しかし、それでも敢えて酷なことを言うと、サイゼリヤはデートで行く場所ではないと思う。

 ウェブで「35歳の男に初デートでサイゼリアに連れて行かれた」という女性の発言が話題になっていたが、私見では、非があるのは男性側だ。

 意見が分かれるだろうが、大切な人と会うときには、ある程度「非日常」を演出した方が良いと僕は思う。その方が記憶に残るからだ。また、「記憶に残る時間と空間を提供すること」で、相手に対する敬意を表現できる。

 では、サイゼリヤでミラノ風ドリアを食べることは、果たして「記憶に残る時間と空間の演出」と呼べるだろうか。

 少なくとも特別な感じはしない。

 会話が弾めばそれで良いかもしれないが、余計な部分で減点になっていると僕は思う。

(もっとも、サイゼリヤは「日常の象徴」なので、「ちょっと寄って行きましょうか」くらいのニュアンスで誘えるとは思う。相手が誘いに乗るか不透明な状況では「身構えてなくていいサイゼリヤ」という選択は、「あり」だろう)

 なお、僕が言いたいのは、「高級レストランでなければダメ」という趣旨ではない。例えば、デートで「王将」はありだと思う。王将は女性1人では入りにくいので、女性の視点から見ると、王将での食事は記憶に残るものになる。

 要するに、特別な人と会う時は、特別な場所や舞台を用意した方がいいということだ。1人で食べるお店、友人と食べるお店、恋人と食べるお店は、おそらく分けた方が良い。

 私の独断と偏見では、女性は本能的に「美味しいものを食べさせてくれる男」を好む。

 そしてこの基準を超えるためには、残念ながらサイゼリヤのミラノ風ドリアでは力不足なのだ。

 山田宏哉記

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2012.12.22 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ