ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3239)

 ライフログで競争優位を構築する  

 僕たちは時々、「もしもあの時、AではなくBを選択していたら、今頃どうなっていただろう」という疑問を抱く。僕自身、こんな感慨にとらわれることはある。

 一般的な常識に照らすと、これは「考えても仕方のないこと」だとされる。

 確かに「あの時、AではなくBを選択すべきだった」と考えたところで、改めて過去に戻って選択することはできない。また、「塞翁が馬」という格言が示すように、長期的な視点で見たときに、良い選択、悪い選択の評価が変わってくることもある。

 現在のところ、僕たちは、ある時点での自分の選択が正しかったのか、間違っていたのか、客観的に検証することはできない。

 だからこそ、根拠はなくとも「あの時の選択は正しかった。だからこそ、今の自分がある」という信念を抱いて生きる。おそらく、人生観としては、これが健全だろう。

 「但し」と僕は思う。仮に「もしあの時、別の選択をしていたら、今頃どうなっていたか」という疑問に対して、客観的で精度の高い回答が得られるとしたら、どうだろうか。

 僕は、技術的なブレイクスルーによって、これが可能になる、と考えている。核になるのは、「データベース化された人生経験」すなわちライフログだ。

 美崎薫(著)『記憶する道具』(NTT出版)は、ライフログあるいは「人生を道具によって記録すること」の思想と可能性を論じた本だが、非常に示唆的だった。

 本書によると、アメリカの「ライフログ」プロジェクトは、軍事技術としてスタートした。

 兵士の生命情報をログ化しておけば、戦場でいつどこで死んだかが、わかる。この情報は軍事戦略上、重要な価値を持つと考えられた。

 ライフログの記録精度とコンピュータの情報処理能力が更に高まれば、「もしあの時、別の選択をしていたら」という疑問に対する回答が、かなり正確に得られると思う。

 もちろん、数十年も前の些細な出来事を変えても、それが現在にどう影響するかを計算するのは難しい。

 しかし例えば、携帯電話のキャリアの選択などは案外、「自分の選択が正しかったのか、間違っていたのか」を客観的に検証できると思う。私見では、この情報が得られれば、本当の意味での「反省」が可能になると思う。

 早い段階で誤りに気付けば、契約の解除や変更につながり、経済的なメリットもある。
人生には「明らかに間違った選択」あるいは「明らかに損な選択」もあるはずだ。

 そういう選択をした場合、事後的にではあっても、「あの選択は間違っていた」と自分に対して注意喚起する仕組みがあった方が良いと思う。そうすれば少なくとも、「同じ誤ち」を繰り返すことは避けられる。

 第三者の視点から見ると、「同じ誤ちを繰り返す人」は結構いる。おそらく、「叱ってくれる人」がいないので、本人も自分の選択が間違っていたことに、気付かないのだろう。

 だからこそ、人間にとって「ライフログを元に選択の是非を検証し、自動で警告や注意喚起をするシステム」は非常に有用だと思う。

 未来のモバイルデバイスは、おそらく「あの時、AではなくBを選択した場合、どうなっていたか」を自動で計算し、例えば「携帯電話のキャリアをA社にしたのは、B社と比べ、毎月あたり2,000円損な選択でした。今からでもB社に切り替えた方が、毎月1,000円お得です。契約を変更しますか」と提案してくれるだろう。

 現在の技術でも、スマートフォンに「カツラがズレています」とか「香水の量が一般常識のレベルを超えています」と注意喚起する機能を実装することは可能ではないだろうか。

 本当は「他人から指摘されにくいこと」こそ、本人のためにコンピュータが進言した方が良い。

 ウェブサイトを運営するためにはアクセスログを集めて解析することが常識となっている。同様に、人生を生きる上でも、ライフログを集めて解析することが、ハイパフォーマンスにつながると僕は考えている。

 ライフログなしに生きる人生は、アクセス解析なしで運営するウェブサイトのようなものだ。何が成功要因で、何が失敗要因なのか、勘と経験だけに頼って生きている。これでは、きめ細かな軌道修正ができず、不利な戦いを強いられてしまう。

 更に言うと、記録には「思考に集中できるようになる」というメリットがある。多くの人は、どうでもいいことを覚えているために頭を使っているために、発想が貧困で、アイディアも貧弱になりがちだ。

 高度な分析をせずとも、人生経験に関する記録は、ただ記録するだけでも、大きな価値がある。

 そしてまだ、ライフログの価値に気付いていない人が多いからこそ、一気に競争優位を築くことができると僕は思う。

 山田宏哉記

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2012.12.29 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ