ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3240)

 信仰告白のビジネスモデル 

 AKB48が音楽業界のヒットチャートの上位を独占するようになって久しい。その理由としては、「一人のファンが何枚ものCDを買っている」という点が挙げられる。

 常識的に考えれば、音楽CDは1枚買えば充分だ。純粋に「音楽を聴く」という点からは、「レンタルやウェブからのダウンロードでも特に問題はない」と僕個人は思っている。
なぜ、AKB48のファンは、CDを何枚も買うのか。

 佐々木敦氏は『未知との遭遇』(筑摩書房)において、AKB48のファンが複数枚のCDを購入するのは、「信仰告白」だと指摘している。更には、過剰な購買行動することによって、自己承認欲求を満たす(自分の存在意義を確保する)ためだというわけだ。

 これは典型的な例だが、よく見ると、似たような事例は他にも見られる。

 学校法人の寄付金やカルト教団のお布施の文脈では、「多額の寄付をする人ほど、強い信仰の持ち主」というステイタスを得ることができる。

 寄付金やお布施が「金額はいくらでも良い」と言っても、暗黙の常識はあり、そこでは見栄と虚栄心による争いがある。あまりに寄付金やお布施の金額が少なければ、その共同体の内部では、肩身の狭い思いをすることだろう。

 例えば、学習院では、寄付金額を記した芳名録を作成し、高額寄付者には、院長との懇親会(個人で100万円以上)、功労章(同500万円以上)、特別功労章(同3000万円以上)と金額に応じた特権(より正確には、特権意識をくすぐる仕組み)が用意されている。

 パチンコ店やキャバクラを経営していて、「カネはあるが、名誉がない」というタイプの人は、ひとまず学習院に3000万円寄付をして、「特別功労章」を得るのもひとつの手だろう。

 「人の心はカネで買える」は言い過ぎかもしれないが、社会的な名誉なら寄付金で買える。これは既に、洗練されたビジネスになっている。

 また、アップル製品には「信者」とでも呼ぶべきユーザー層がいる。アップル製品が発売される度に購入するのは、まるで「信者として最重要の義務」であるかのようだ。私見では、アップル信者の思想のコアにあるのは「俺はその辺の一般人とは違う」という選民意識だ。

 AKB48のCDであれ、学校法人やカルト教団の寄付金であれ、アップル製品であれ、「信者」を相手にしたビジネスモデルでは、信者に対して「お金を払うほど、高い地位と名誉を得られる」という選民意識、特権意識を植え付けることが肝になる。

 更に踏み込んで言うと、カリスマが支配する閉鎖的な組織や団体においては、メンバーたちの間で「カリスマへの信仰の競い合い」が生まれる。このような組織では、カリスマの言説をより正確に理解する者が出世する(このような共同体の中では、カリスマの批判は絶対的なタブーだ)。

 従って、カリスマが支配する組織では、後継者が育たない。優秀な人材は、カリスマを賛美するイエスマンたちに嫌気がさして、組織から離脱してしまう。株式投資の文脈で言うと、社長がやたら有名な企業は、内部で人材が育っていない可能性が高く、要注意だ。

 日本人は、「将軍様」を賛美する北朝鮮の体制をバカにするが、北朝鮮みたいな体制の日本企業は結構あると思う。学生時代、僕がアルバイトをしていた出版社は、カリスマ社長の独裁体制で、次期社長候補の息子が営業部長だった(そして、普通の社員は奴隷のようだった)。

 信仰とは、本来、私的な領域に属する事柄だ。

 しかし、現代のビジネスは、人々が抱く個人的な信仰に足を踏み込み、特権意識と引き換えに、カネを徴収し、労働力を搾取する仕組みを既に確立しているのだ。

 山田宏哉記

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2012.12.29 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ