ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3249)

 オウム事件の核心と藤原新也(著)『黄泉の犬』     

 いまだにオウム事件に関して、「犯行の動機がわからない」などと言う人がいる。

 オウム事件の意味と核心部分は、藤原新也氏の『黄泉の犬』(文春文庫)に書かれている。本書が数多のオウム本と一線を画しているのは、麻原彰晃の実兄・松本満弘氏の証言を取っていることだ。

 藤原氏も松本満弘氏の存命中は、この話を公にはできなかったそうだ。しかし、満弘氏がなくなったことでその禁がとかれた。

 満弘氏が藤原氏に対して厳重に口止めをしたのは、麻原彰晃と水俣病の関係だ。

 信頼関係を結んでから、藤原氏は尋ねる。「弟の智津夫さんの目の疾患は水俣の水銀のせいじゃないかって。そんな風に想像してしまったんです。」

 この質問に対する満弘氏の答えこそ、実はオウム事件の核心部分だ。

 「よう、そこにお気づきになったなぁ。智津夫がこまかころ、ちょうど水銀がいちばん海を汚しとった時期や」

 「智津夫は兄弟の誰よりも魚介類が好きな食欲旺盛な子での。ワシの釣ってきた魚やシャコをアイツがいつも一番よけいに食っとった。…責任を感じとる。そのうちに手の先がちょっとしびれるちゅうことば言い出した。…それが目に来た」

 「はじめは何のことかわからんかったが、水俣のことが明らかになって、智津夫もそれやんかて思うた。ワシは智津夫ば水俣病患者として役所に申請ば出したとじゃ」

 「じゃが却下された。(中略) ばってん田舎ていうとこは変なところでのう。水俣病やちゅう申請ば出すとあいつはアカやていう風評が広まるんや。家族まで肩身の狭い思いばせなならんかった。やからそれ以上戦わんかった」(前掲書,P77-P80)。

 なぜ、麻原彰晃は、サリンによる復讐劇にこだわったか。

 サリンは被害者に"視野狭窄"の症状を引き起こす。これは、麻原彰晃の眼の疾患そのものであり、水俣病の顕著な症状だった。

 常識的に考えれば、麻原は、水銀で視覚障害者にされた怒りを、サリンでやり返したのだろう。文字通りの「眼には、眼を」だ。

 マスメディアでは、麻原彰晃と水俣病の関係を報じることはタブーだった。理由は2つ考えられる。

 ひとつは、仮に麻原彰晃の犯行動機が「水俣病による眼の疾患」だとすると、水俣病患者の立場がなくなってしまう点。

 もうひとつは、麻原彰晃が「役所に水俣病の申請をしても却下された」という情報が広く知られると、情状酌量の余地が生まれ、国民がうまく麻原を憎めなくなってしまう点。

 だからこそ今でも、オウム事件の犯行動機は、「闇の中」だとお茶を濁している。

 本当は違う。麻原の犯行動機を前に卒倒しそうだからこそ、僕たちは、事件の核心部分を闇に葬り去ったのだ。

 いずれにせよ、本書は傑作中の傑作のノンフィクションだ。

 山田宏哉記

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2013.1.9 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ