ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3289)

 師匠は弟子に何を教えるのか 

 人生の一時期、僕も師匠について学んでいた。

 一般的な礼儀としては、ここで師匠に対して、多大なる感謝の言葉を並べ連ねるべきだろう。実際、僕は師匠にとても感謝している。

 但し、師匠から手取り足取り、技術的なことを教わったかと言えば、それは違う。

 師弟関係と言っても、師匠の側が弟子に対して教えることは、実は殆どないと僕は思う。

 時々、一緒にご飯を食べたり、お酒を飲んだりしながら話をすれば、それだけでも充分だと思う。それだけでも、才能がある人は頭角を現すし、才能がない人は消えていく。

 意外と盲点なのだが、師匠に弟子入りしたからと言って、専門能力の向上は、必ずしも約束されていない。

 誰かを「心の師匠」と仰ぐことと、実際に本人に対して頭を下げて弟子入りすることの間には、どの程度の差があるか。目的を専門能力の研鑽に特化するなら、差はあまりないと思う。

 誰かの弟子になることに、多少なりとも技術的なメリットがあるとしたら、「師匠の技芸と人となりを、間近で見ることができる」という点に尽きるだろう。もっとも、それが役に立つか否かは、本人次第だ。

 では、師匠は弟子に対して、何も教えなくていいのか。師匠は、いてもいなくても同じなのか。「それは違う」と僕は思う。

 師匠が弟子に教えるべきことは、「身の振り方」だと思う。

 才能のない弟子に対して、「君には、この道で飯を食うのは無理だ。礼儀正しく振る舞い、ハローワークで仕事を探しなさい」と引導を渡す。残酷だが、これこそ師匠が弟子に教えるべきことだ。

 美術でも、演劇でも、文芸でも良いのだが、それだけで飯を食うのは困難を極める。下手にプロを目指して足掻き続けると、人生を棒に振るリスクすらある。

 大学院の指導教員が果たす最も重要な役割も、院生に「研究者として飯を食えるか、否か」を見抜いて、身の振り方を助言することだと思う。

 極端な話、これ以外のことはどうでもいい。「高学歴ワーキングプア」が問題になるのは、大学院の指導教員が、最も重要な役割を果たしていないからだろう。

 師匠には、弟子が叶わぬ夢を追って、人生を棒に振らないように、助言する義務があると僕は思う。

 親や学校の教師に「その道で飯が食えるのは、ほんの一握りだ」と言われても、若者は納得できない。親や学校教師は、その道のことを詳しくは知らない。若者は、自分は例外で、その一握りになれると思っている。

 だからこそ、夢を追う若者に引導を渡すのは、その道の師匠の役割なのだ。

 「俺には才能がある」と勘違いして自惚れたまま、気付けば歳をとって、人生を棒に振っている。僕自身、そのひとりかもしれない。

 それを避けるために、人生のある段階で、師匠に「君には才能がない。ハローワークで仕事を探せ」と宣告してもらう。客観的に見れば、それは悪い話ではない。

 繰り返すが、師匠が弟子に教えるべきことは「君には才能がない。この道で飯を食うのは無理だ」という一点に尽きる。

 その意味でも、若者は何かに本気で打ち込む際、「夢を断ち切るため」にこそ、師匠に弟子入りするべきだと僕は思う。

 山田宏哉記

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2013.8.14 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ