ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3301)

 なぜ、あの人は電車に轢かれたのか

  以前、 「踏切事故で生と死を分かつもの」でも書いたが、踏切で「他人を助けようとして、自分が電車に轢かれて死亡」という事故は、定期的に起きている。

 線路内で倒れている人を担ぎ上げて運ぶのは、見た目より難しい。

 僕も倒れた人を担いだことがあるけど、担架なしだと重くて嫌になる。大人2人で、それぞれ頭と足を持って、ようやく運べるレベルだ。

 線路内に助けに入る人が死ぬのは、カッコ良く担ぎ上げて、退避させようとするからだ。

 人間は重いので、電車が迫っていたら、引きずったり、投げたりしてでも、退避させた方が良いと思う(擦り傷ができても、電車に轢かれるより遥かにマシだ)。

 しかし、見物人が多いと、体面を気にして、これができなくなってしまう。しかも、見物人が多いと、うまく助けられない時、「自分だけ逃げる」という選択も難しくなる。

 そして、引くに引けなくなって、みんなで電車に轢かれて死亡する。

 その意味では、見物人の視線にも責任の一端はある。

 定期的に主張しているのことだが、線路内で倒れている人を助ける時、最も大切なことは、うまく助けられない時、「やっぱりやめた」と離脱することだと思う。

 この判断ができない人は、そもそも助けに入るべきではない。これだと巻き添えにあって、家族が悲しむことになる。

 かつて新大久保駅で、線路内に助けに入った人が電車に轢かれて死亡する事故があった。マスコミは助けに入った人の「勇敢な行為」を讃えたが、巻き添えで轢かれた人の母親は、結局、自殺したようだ。

 例えば、線路内で人が倒れていて、A君とB君が救助に入るがうまいかず、A君は巻き添えで電車に轢かれ、B君は自分だけ離脱したとする。

 この場合、直感的にはA君は「勇敢な英雄」とされ、B君は「逃げた卑怯者」となる。だが、僕はB君の 「勇気ある撤退」をもっと評価するべきだと思う。

 A君とB君が救助に入るがうまいかず、A君は「手伝ってください」と応援を要請したとする。

 これをすると、A君はもう、道義的に後に引けなくなる。C君、D君、E君が電車に轢かれて、A君が自分だけ助かる、というのは、まともな神経ではできない。

 更に、した場合、A君が直接C君、D君、E君を殺したわけではないが、道義的な責任はあると思う。

 これを言うのは酷だが、踏切で他人を助けようとして、電車に轢かれて死亡する人を英雄視する風潮は、間違っている。

 後先のことを考えずに、いきなり助けに入るのは、致命的な判断ミスだ。

 まずは非常停止ボタンを押すべきだし(これは「生きるのに必要な知識」)、それを知らないのは勉強不足だと言わざるを得ない。

 線路内に救助に入って巻き添えで電車に轢かれるとか、溺れる人を助けるために川や海に飛び込んで自分が溺れるとか、高速道路で路上に出て後続車に轢かれるとか、本来は死ぬ必要がないことだ。しかも、助けようとした人が助かったわけでもない。

 線路内で倒れている人を助けようとして、一緒に電車に轢かれてしまう人は、本当は「無駄××」なのだと思う(さすがにハッキリは公言できない)。

 でも、それだとあまりに理不尽で不条理だから、僕たちは勇気を讃えたり、英雄視したりして、心理的に決着を付けているだけなのだ。

 山田宏哉記

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2013.10.12 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ