ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3309)

 人間をやめ、人材になる 

 映画『ハンナ・アーレント』を観る機会があった。人間のあり方について、重要な問題を孕んでいて、充分に観る価値はあった。

 あまり正統的な解釈ではないが、この映画が提起していたことに「人間の行動を決めるのは、性格か、社会的役割か」という問題がある。

 ハンナ・アーレントは、ナチスの幹部アイヒマンが、凡庸な役人であったことを指摘する。これは「悪事を為すのは、悪魔のような人間」という当時主流の人間観とは、相容れなかった。

 そして、この主張のために、アーレントは、ユダヤ人共同体から非難を浴びることになる。

 人間の行動を決めるのは、性格か、役割か。私見では、これは「役割」の側に軍配を上げることで、もう決着がついている。

 要は「地位が人を作る」わけだ。社会に出て、組織で働けば、これがよくわかると思う。

 社会に出て、働くことの本質は何か。

 それは、職業あるいは仕事を通して、期待される役割を果たすことである。

 普通の人は、何らかの職業に就く(=役割を演じる)ことで生計を立てる。職業には、それぞれ期待される役割や人材像があり、それは個人の性格や感情とは関係がない。

 例えば、ハンバーガーショップの店員は、笑顔で接客しなければならない。これは店員個人の性格や感情とは関係ない。笑顔で接客するのが、期待される役割だからだ。

 社会に出て、組織で働き始めることで、人は感情や性格で行動する人間であることをやめ、役割を演じる人材になっていく。言い換えれば、就職とは、人間から人材になることだ。

 就職すれば、男女とも、プライベート(=個人の事情)より仕事(=公共の役割)を優先する人が多くなる。

 嫌々そうしているかと言えば、必ずしもそうではない。実のところ、個人的な性格や感情を元に行動するより、公共の役割を演じた方が「楽しいし、やりがいがある」という面はあると思う。

 人間であること。人間であり続けること。それが大切だと言われれば、「その通り」と言うしかない。

 但し、「俺は役割に縛られず、あるがままの心で生きる」という姿勢を貫くの難しい。

 確かに、中年になっても、高円寺のライブハウスで「魂の叫び」を歌うフリーターは、確かに人間のままだ。しかし、彼が「一人前の大人」かと言えば、おそらくそういう評価にはならない。

 資本主義の世界では「人間をやめ、人材になる」ことこそが、「一人前の大人になる」ということを意味する。

 そして残念ながら、僕たちはハンナ・アーレントとは違って、人間らしく思索するだけでは、飯が食えないのだ。

 山田宏哉記

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2013.12.15 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ