ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3335)

 新参者に求められる"並び屋の精神"

 子どもの頃から一生懸命勉強したとしても、将来、専門知識や教養とは無縁の「時間を売るポジション」に就くことになる可能性は、高い。

 その時は、学んだことや過去の経験を一旦忘れるアンラーニングが欠かせない。「俺は本当は優秀な人間なんだ」みたいなプライドは、邪魔になるだけだ。

 確かに、一生懸命勉強して、大学や大学院で優秀な成績を取るのは立派なことだと思う。

 だが、就活で採用されなければ、専門知識や教養とは無縁の「並び屋」でもして、糊口を凌ぐしかない。もっとも、採用されても、最初は「並び屋」からのスタートだ。

 「並び屋」とは何か。

 表立って募集される事は少ないが、世の中には「並び屋」と呼ばれる仕事が存在する。仕事内容は顧客の要望に応じて、行列に並ぶだけ。純粋に時間を売る仕事だ。

 「並び屋」をするなら、高等教育も専門技術も必要ない。単にボーッとしながら、行列に並んでいるだけでいい。それでいて、世の中の大半の仕事と同等以上の時給が得られる。

 「並び屋」は、個人的にはやりたくないが、「顧客に貢献する仕事」だと思う。「寒い中で長時間並びたくない」とか「貴重な人生を、行列に並ぶようなことに使いたくない」といった顧客の要望に、キチンと応えている。

 そして、日本の会社組織で新人に期待されていることのひとつは、この「並び屋の精神」だと思う。

 上司や先輩の時間を節約するために、喜んで行列に並び、自らの時間は無駄にする。体裁のいい言葉で言えば、これを「補佐」と呼ぶ。これを嫌だと言っていては、日本企業で働くのは難しい。

 例えば、どう見ても無意味なイベントの類に「義理で参加」するのは、新人の役割だ。こういう時も、時間の無駄遣いを覚悟する「並び屋の精神」が大切になる。

 新人には「挑戦する勇気」とか「不断の誠意」とか立派な訓示が言われるだろうが、これらはあくまで「並び屋」をする上での心構えだと考えた方が良いと思う。つまり、勇気と誠意を持って行列に並び、上司や先輩の時間を節約することが大切なのだ。

 常に思うのだが、企業で働くにしても、多くの人は「やりがいのある仕事」をしたいと考える。そして、大半の人は、時間を売る「並び屋」より「資源を売る仕事」の方が「やりがいがある」と判断する。

 既存の社員が「やりがいのある仕事(=資源を売る仕事)」を求めて競争しているのに、いきなり新入社員に対して「資源を売る仕事」をアサインすることはない。また、仮にそんなことをすれば、新人は嫉妬で潰されてしまう。

 新人はまず、時間を売る「並び屋」からスタートしなければならない。

 今、振り返ると、新人の頃、僕に足りなかったのは「並び屋の精神」だった。大学時代、圧倒的に勉強してきた自負があったから、新人の頃から、知的プロフェッショナルとして貢献するつもりでいた。時間を無駄にするのは凄く嫌だった。

 でも、これでは「新人への期待」に応えられなかった。

 大学で学ぶことと実際の労働現場には大きな温度差がある。大学時代、圧倒的に勉強したことは、実際に働く上では、それはむしろマイナスだった。

 新人のくせに「傲慢で生意気」で「謙虚さが足りない」ように見えたからだ。

 僕がわかっていなかったのは、「日本の会社員はあまり勉強しない」という実態であり、勉強する人はむしろ疎ましく見える場合が多いことだった。

 結局、僕は社会人になって3年くらいは、「勉強していないフリ」をし続けた。わざと「馬鹿なフリ」をしていた。この判断は間違っていなかったと思うが、「馬鹿なフリ」を続けるのは、大変なストレスだった。

 個人的には「"並び屋"からスタートなんて嫌だ。優秀な俺様は、クリエイティブな仕事しかしたくない」などと言う若者は、嫌いではない。

 ただ、ひとつ言わせてもらうと、若者の「俺様は優秀」という認識は勘違いのことが多い。

 基本的に実務の世界では、経験のない人は、経験のある人に勝てない。だから、一定の実務経験を積むまでは、謙虚に"並び屋の精神"で振舞った方が得策だ。

 仮に、職業人生を「並び屋」で始めることになったとしても、失望する必要はないと思う。それは当たり前のことだ。

 むしろこの際、積極的に"並び屋の精神"を発揮して色々な行列に並んだ方が、将来、「時間を売るポジション」を脱却できるチャンスが広がると僕は思う。

 山田宏哉記

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