ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3353)

 東京に住むのは合理的な選択か

 私事になるが、東京で暮らし始めて、約10年になる。

 2004年から2008年にかけて、新宿区の高田馬場界隈で暮らし、2009年から現在にいたるまで、大田区の大森界隈で暮らしている。この度、転居を機に、住民票を東京に移して、「東京都民」となった。

 東京に代表されるような都市の悪口を言うのは簡単だ。「人間関係が希薄」「地獄の満員電車」「生活コストが高い」「自然が少ない」など挙げればキリがない。

 実際、その通りだろう。真剣に受けとめるべきは、それでも人は農村から都市に移住することである。

 個人差はあるだろうが、僕は東京という街がとても好きだ。六本木ヒルズのIT長者から山谷の浮浪者に至るまで、東京にはダイバーシティがある。挑戦する機会と共に、転落する自由もある。東京には、様々な人生が凝縮されている。

 東京は、少なくとも日本の中では、「資本と才能が集積する街」である。

 地方に住む野心的な若者が、自分の可能性に駆け、「東京で一旗揚げる」ために上京するのは、今でも珍しいことではないだろう。

 その一方、東京は「匿名の街」でもある。

 人生に失敗した敗北者が、慎ましく暮らすためのスラム街も用意されている。東京では、積極的には他人に干渉しないのが普通で、良くも悪くも、人間関係のしがらみがない。過去を消して生きるにも最適の街だ。

 但し、こうした個人的な好き嫌いを別として、東京のような都市に住むことには、本質的なメリットがある。

 都市に住む本質的なメリットは「マーケットが成立しているため、労働と消費を容易に取引できること」だ。

 大きく言えば、現代人の生活は、「働いてお金を稼ぐ」という取引と、「お金を払って、生活必需品を購入する」という取引を中心に、成り立っている。どちらが欠けても、日常生活に支障をきたすことになる。

 相場の世界では「売りたい時にいつでも売れる」「買いたい時にいつでも買える」状態のことを「流動性が高い」と表現する。

 市場で取引する上で、流動性の高さは、最も優先するべき事項だ。

 流動性が低い状態で、取引成立を優先すると、どうしても投げ売りや高値掴みになる。

 お金が必要な時、他の選択肢がなければ、薄給激務の職場で働くしかないし、食料品が必要な時、他に選択肢がなければ、ボッタクリ店で買うしかない。

 都市に住んでいれば、お金がなければ短期間のアルバイトをしてお金を稼ぎ、食料品が不足すれば、近所のスーパーで目当ての食材を調達することができる。

 時間を売ってお金を稼ぐにせよ、お金を払ってモノを買うにせよ、取引の流動性が高いために、比較的、希望する条件に近いところで、取引が成立する。

 これは取引の流動性が高いが故に可能なことだ。

 いくら時間と能力があっても、働き口がなければ、働くことはできない。いくらお金があっても、商品を売る店がなければ、欲しいモノは手に入らない。過疎の地域では、得てしてマーケットそのものが存在しない。

 自分が需要する側であれ、供給する側であれ、取引相手がいなければ、取引は成立しない。そして、都市と農村では「取引相手を探すコスト」が大きく異なる。

 僕は、現代人の生活の中心は「お金を媒体にした取引」だと考えている。「労働を売って、お金を得ること」であり、「お金を払って、生活必需品を手に入れること」だと考えている。

「地域社会の行事」や「隣人との温かい人間的触れ合い」などは、無駄とは言わないが、あくまでおまけのような存在であり、生活の中心に据えるべきは、あくまでも他者との取引の方だ。

 そして、他者との取引を有利に進めるためには、当然ながら、取引の流動性が高い方が良い。

 従って、現代人の生活の中心が取引にある以上、個人的な好き嫌いを別としても、東京のような都市に住むのが、合理的な判断なのである。

 そして、この「取引の流動性の高さ」は、都市の各種デメリットを補って余りあるほどの、本質的なメリットなのだ。

 山田宏哉記

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2014.5.10 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ