ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3508)

 見切りと損切り 理不尽の中の決断

 就職活動をしていた時、僕は内定取り消しを受けたことがあります。

 今振り返ると、過失と違法性は相手方の企業にあり、仮に裁判を起こせば、勝てていたでしょう。しかし、僕は裁判を起こしませんでした。そんな時間的な余裕はないと判断したからです。

 僕は、すぐにこの企業に「見切り」を付け、内定を「損切り」して、就職活動を再開しました。結果的に、僕にとって、この決断は、人生で最良の決断のひとつでした。

 理不尽かつ違法性の高い内定取り消し。「時事評論」をするなら、「内定取り消しをするブラック企業はけしからん。規制を強化すべし」みたいな話になるでしょう。

 当事者以外の「時事評論」は、"世論"を作る上で必要ではありますが、「当事者として、どう決断するべきか」という問題とは、全くの別物です。これが肌感覚でわかっていない人は、実務経験あるいは人生経験が「甘い」と思います。

 仮に僕が、内定取り消しをした企業に固執し、裁判を起こしていたら、どうなっていたか。

 まず、卒業のタイミングで、仕事に就くことができなくなるでしょう。卒業後、無職として、スキルと経験を蓄積せずに過ごしながら、裁判で「内定取り消しは無効だ!」とでも主張するのでしょうか。

 常識的に考えましょう。

 無職として、数年間のブランクをつくり、「ブラック企業に内定取り消しをされて、裁判で争っていました」という人がいた時、どうするでしょうか。「気の毒ですね」と言ってくれる人はいても、「ぜひ、我が社で採用したい」と考える人はいないでしょう。

 理不尽ですが、これが世の中のリアリズムです。

 そもそも、世の中あるいは仕事というものは、根源的に理不尽な要素を含んでいるものです。正解がない中で、それにどう処するかが、実務家の腕の見せ所です。

 時間の価値を考慮すれば、現代日本において、若者が裁判を起こすことは、「\1,000を取り戻すために、\10,000の費用を掛ける」のに等しいと、僕は思います。

 思うに、個人が裁判を起こす主たる駆動力は、「処罰願望」でしょう。「俺様に恥をかかせた、こんな奴らは許せない」と。

 本来ならば、仕事を通して、真摯に腕を磨くべき時期に、処罰願望に駆動されて、何年もかけ、「俺様の正しさを思い知れ」と裁判をやっている。これは、人生を台無しにします。

 もっと軽い例を挙げれば、2泊3日の海外旅行に出かけ、1日目に1万円の盗難に遭ってしまったとします。「犯人許すまじ」と、残りの日程を「犯人探し」に費やすのは、賢明と言えるでしょうか。

 さっさと見切れば1万円の「損切り」で済んだのに、「犯人探し」に固執すると、海外旅行全体が台無しになってしまいます。

 理不尽が降りかかって来た時、大事なのは「被害と損失を最小限に抑えること」。そのためには、見切りと損切りが必要になります。

 残念ながら、法曹関係者は、時間が最も貴重な資源であることを認識していません。現実には、自分の人生に理不尽が降りかかってきた時は、裁判を起こして貴重な時間を無駄にするより、さっさと「見切り」を付け、「損切り」をして、次の挑戦をした方が良いことが多々あります。

 見切りを付けるべき局面で、損失を取り戻そうとする行為が、人生を破滅させるのです。破滅するギャンブラーは、ギャンブルで負けを取り戻そうとします。

 「世の中は間違っている」と言うのは簡単ですが、僕たちは、短期的には、その「間違った世の中」で、生きるしかありません。国家レベルの政策や制度変更を待っていたら、その間に人生が終わってしまいます。

 傍観する評論家としてではなく、生身の当事者として、今置かれた状況下で、ベストを尽くす。これが、自分の人生の問題として、世の中の理不尽を乗り越える、第一歩だと思います。

 山田宏哉記



【関連記事】
僕は「給料泥棒」だった (2015.7.12)
あの企業のあの人は単なる同姓同名かもしれません (2015.7.11)
クビになったら、嫌ですね! (2015.5.12)
世の中をフェアな場所にする。そのために格闘する (2015.2.15)
仕事の目的は「猿山のボスになること」なのか (2015.2.9)
他人の不幸を嘲笑する自己責任論 (2015.2.7)
読書の肝はリズムと精神衛生にあり (2014.12.29)
「言い訳の達人」の正体 (2014.10.26)
今、"奴隷"たちに教えるべきこと (2014.10.26)
ドラッカーに学ぶ社内ニート対策(2014.10.13)
役立たずの"アイデアマン"に告ぐ (2014.10.13)
先輩が後輩をいじめる本当の理由 (2014.10.5)
人生の先輩曰く「俺様はこんな仕事をやる人間じゃない」 (2014.10.2)
「俺様語り」からの卒業(2014.9.27)
「下積み10年」は正しかった(2014.9.23)
なぜ、俺様社員は転落したのか(2014.9.15)
「意識が高い人」とは、どういうことか(2014.9.13)
"腐った世の中"と"愚かな一般大衆"を見下すあなたへ(2014.9.1)
僕たちが生まれた時、世界はもう完成していた(2014.8.16) "寛容"は、教育と訓練の賜物である(2014.8.10)
炎上に宿る"異様な情熱"の正体(2014.8.8)
チームワークに逃げるな(2014.8.2)
「仲間」と認められる人、認められない人(2014.7.26)
「今、解決すべき問題」と実務という試練(2014.7.3)
大物プロブロガーの失敗に学ぶ仕事術(2014.6.28)
大物プロブロガーは、「お荷物社員」だった(2014.6.27)
スポーツ観戦の本質と人生を諦めた一般大衆(2014.6.21)
傲慢と謙虚についての誤解(2014.6.16)
なぜ、「嫉妬」を「義憤」にすり替えるのか(2014.6.13)
「憧れの仕事」をする者の義務(2014.6.9)
「憧れの仕事」をする上での注意点(2014.6.7)
僕がNHKオンデマンドを解約した理由(2014.5.24)
今、「普通の働き方」を考える(2014.5.24)
決着:ネットショップVSリアル店舗(2014.5.18)
もし、世帯年収355万円で新築マンションを購入したら (2014.5.11)
東京に住むのは合理的な判断か (2014.5.10)
シェアハウスに住むのは合理的な判断か (2014.5.6)
情報弱者のための家電量販店 (2014.5.2)
大物プロブロガーの誤算と敗因 (2014.3.22)
コストとリターンで学ぶ商売の基本 (2014.3.15)
自慢話をするなら、"迷惑料"を払うべし (2014.3.14)
大物プロブロガーが本当に伝えたいたった1つのこと (2014.3.4)
時間を売るポジションと人材マーケットの論理(2014.3.1)
有料メルマガにみるドヤ顔ノマドの限界(2014.2.24)
「雇用のミスマッチ」を考える(2014.2.22)
「勝ちが勝ちを呼ぶ、負けが負けを呼ぶ」という構造(2014.2.20)
なぜ、会議に貢献できないのか(2014.2.13)
出張で成果を出す(2014.2.10)
プロジェクトで成果を出す(2014.1.25)
長時間残業が減らない本当の理由(2014.1.11)
仕事がなくて暇な会社員(2013.6.30)
「上司に相談します」が口癖の担当者(2014.2.1)
個人主義者は会社勤めできるか(2014.1.26)
日雇い派遣に学ぶプロジェクトの本質(2014.1.18)
誰が"面倒な雑用"をするべきか(2013.12.30)
タクシーに未来はあるか -業界復活の切り札-(2013.12.21)
TV電話が普及しない本当の理由(2013.12.7)
就職活動の勝敗は10歳の頃に決まっている(2013.10.25)
『ちびまる子ちゃん』で学ぶ「教室内カースト」(2013.10.20)
なぜ、日本人の7割には中学レベルの知識もないのか(2013.9.22)
勤労の美徳と資本主義の強欲 (2013.9.21)
ウェブへの上場と不特定多数による評価 (2013.9.16)
仕掛けと手仕舞いの仕事論 (2013.8.31)
"この世にいらない人間"と動物的本能の暴走 (2013.8.20)
人間的魅力の効用と限界 (2013.7.28)
勤勉という美徳の終わり(2013.6.30)
勉強で得られる知識は、価値が低い(2013.6.22)
仕事が好きな人、嫌いな人(2013.6.1)
仕事に"専門的な知識と能力"は必要か(2013.4.27)
ビジネスでは、あまり努力しない方が良い理由(2013.4.20)
誰が「腐った人材」を養うのか(2013.4.13)
「パンを分け合う仲間」としての会社(2013.3.30)
なぜ、あの人は「本を読むバカ」なのか(2013.3.26)
「やればできる」の仕事論(2013.3.23)
なぜ、ユニクロの離職率は高いのか(2013.3.16)
若者よ、貯金は止めた方が良い(2013.3.12)
英語公用語化の真意(2013.3.9)
薄給の時代 、副業の損得勘定(2013.3.2)
株で勝つのが難しい理由 (2013.3.2)
残業を良しとする"村の論理" (2013.2.24)
お金を稼ぐ力、組織を泳ぐ力(2013.2.16)
「みんな」という名の不審人物(2013.2.9)
リスクヘッジとしての株式投資(2013.2.2)
勤労の国の幸福なサラリーマンたち (2013.1.27)
公務員の"駆け込み退職"騒動の本質(2013.1.26)
株式投資の「究極の目標」とは何か(2013.1.23)
シャープ株の売買で気付いたこと(2013.1.17)
"試練の場"としての株式投資(2013.1.14)
中村淳彦(著)『職業としてのAV女優』覚書(2013.1.4)
読書の費用を回収できるか(2013.1.4)
いかに「読むべき本」を確保するか(2013.1.4)
"紙本主義"の終わりとアマゾンのキンドル生態圏(2013.1.1)
信仰告白のビジネスモデル (2012.12.29)
iPhoneの防水ケースと家電量販店の終わり(2012.12.26)
なぜ、デートでサイゼリヤに行ってはいけないのか?
(2012.12.22)
ペニーオークション詐欺の教訓(2012.12.22)
汗で稼いだ一万円、投資で稼いだ一万円(2012.12.19)
実務に活かす株式投資(2012.12.15)
アウトソーシング時代の働き方(2012.12.8)
「飽きないこと」を仕事にする(2012.12.2)
ビジネスに活かす優先的選択(2012.11.27)
もしも世界が男女10人ずつの高校の教室だったら
(2012.11.25)
"ホームレス転落"という悪夢 (2012.11.24)
映画『シルク・ドゥ・ソレイユ』に学ぶ人材配置 (2012.11.18)
シュートを打つ人、パスに逃げる人 (2012.11.17)
若さゆえの飢餓感 (2012.11.17)
動物王国としての実社会 (2012.11.11)
人生を語る不誠実さ (2012.11.11)
映画『009 RE:CYBORG』覚書(2012.11.4)
なぜ、経歴を詐称するのか(2012.11.3)
愛は地球を救えない(2012.10.24)
労働貧困層と生活保護(2012.10.22)
ルサンチマンのある人生(2012.10.18)
世界は"不本意な職業"で溢れている(2012.10.15)
不本意な職業を受け入れる(2012.10.13)
僕たちは「格差社会」を望んだ(2012.9.24)
「人間好き」のファシズム (2012.9.17)
強者はデモに参加するか(2012.9.15)
撤退戦としての介護(2012.9.1)
「仲間外れ」の構造(2012.6.26)
反知性主義の国・日本(2012.6.24)
日本人の7割には、中学の教科書レベルの知識もない
(2012.6.23)
読書を実務に活かす暗黙のプロセス (2012.6.23)
教職に逃げる大人たち (2012.6.21)
最近の若者はバカばかり(2012.5.26)
「カネのため働く」という建前(2011.12.25)

2016.4.30 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ