ジョン・スミスへの手紙
サイバー・ラボ・ノート (3522)

 なぜ、あなたは本気を出さないのか

 実は、答えを知ってるよーん。

 本気を出しても、成果を出せないことを、恐れているのだ。
本気を出しても、評価が低いことを、恐れているのだ。
余計なプライドを守るために、「俺様はまだ本気を出してないだけ」と予防線を張っているのだ。

 学生の頃を振り返ると、「自分はいかに勉強していないか」を吹聴する学生が、結構いたことを思い出します。その割に、裏では勉強していたりするわけです。

 あれは「ライバルを油断させるため」ではなく、「自分は本気を出していない」という、事前の言い訳であり、予防線だったのです。

 本気で勉強していないのならば、テストの点数が悪くても、さほど自尊心が傷つかずに済みます。

 一方、本気で勉強しても、テストの点数が悪かったら、自分が「真の無能」であることが、露わになってしまいます。仕事でも、「本気を出しても、評価が低い」という事態を恐れる人が、相当数いると思うのです。

 僕は、既に本気を出しています。残念ながら、本気を出しても、「この程度」なのです。本気を出しても、どちらかと言えば、落ちこぼれています。

 「悔しくないのか」と問われれば、それは「悔しい」に決まっています。

 わざわざ公共の場で、「真の無能」であることを晒すのは、恥ずかしいに決まっています。

 「自分だって、本気を出せば、何かを成し遂げられるはずだ」と自分に言い聞かせてきたけど、未だ、低空飛行を続けている。本当に、情けない。

 変な言い方だけど、本気で成長を志向するなら、自分が「真の無能」であることを、公の場で、恥を晒しながら、証明しなくてはいけないわけです。本気を出しても、これだけの努力をしても、この程度しかできない。この現実を直視せずして、成長はないのです。

 「本気を出す」のは、それ自体、ひとつの能力だと思います。普通、本気を出せないのです。シニカルな態度を取って、「これじゃ、やる気がなくても当然」などと言い訳をしていた方が、圧倒的に楽なのです。

 もちろん、僕は、自分ひとりだけが「エゴを超越した高み」から、他人のことをとやかく言っているわけではありません。「いつか見た景色」を思い出したのです。

 僕も、自分が優秀だと勘違いして、それでいて標準以下の評価しか得られなかった時期があるから、気持ちはよくわかるのです。

 また、恥を晒しながら書いてしまいました。

 山田宏哉記



2017.6.16 記事一覧へ戻る 文筆劇場・トップ