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 「結果」を出すことの大切さ

 近頃、「結果は問題ではない。過程が大切」ということが言われます。  「外見より内面」も似たような意味合いで使われます。

   これは、各人の内面的な意味合いにおいてのことです。

 もしくは、人間的に好かれるには、「努力した」「頑張った」ということが、とても大切です。仕事の能力が低くても、身体能力が未熟でも、思いやりさえあれば、「彼はいい人だ」と言われるでしょう。

 しかし、ひとたび他人から客観的に評価されたければ、「結果(数字、パフォーマンス、実績)がすべて」です。「努力した」「頑張った」からといって、仕事の報酬が上がることも、大学受験に通ることもありません。

 プロセス自体が評価の対象になるのは、家庭と学校の中だけです。

 少なくとも僕は、公開するために書いたものに関しては、「結果がすべて」と思っています。読者の方にとって、「よりおもしろく、よりためになる」文章を書けるかどうかが、すべてです。

 僕の場合、どんなに汗水垂らして勉強しても、情報収集をしても、倫理的に正しくても、人格が立派でも(これは明らかに違うけど)、書いたものがつまらなければ、それでおしまいです。

 そして、読者の方がおもしろいと感じたかどうかは、常に数字でシビアに判断しています。シェフが、お客さんが食べ終えたお皿を見て、自分の料理の出来を冷静に判断するのと同じです。

 やっぱり、どんな分野でも、結果に対してストイックな人は、過程重視の人より、実力なり能力が高いですよ。努力を報われるものにするために、徹底的に考え抜くからです。  

山田宏哉記

P.S. たまには、真面目で厳しいこともいいますね。

2005.12.17

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